「子供の被曝」憂慮 仏の元環境相が福島訪問
2011.10.29 Category : 福島原発事故

元フランス環境相で欧州議会議員のコリーヌ・ルパージュ氏が1日、福島県庁を表敬訪問し松本友作副知事と会談、「(福島の)子供が世界的に認められた許容量を超えて被曝しているのではないか」と憂慮した。
松本副知事は「年間20ミリシーベルトという基準を文部科学省はもう少し厳しくした。健康管理にも努めている」と説明。ルパージュ氏は会談後、報道陣に「子供の被曝は未来に影響する。これが本当の原子力災害だと思っている」と述べた。
ルパージュ氏は環境問題を中心に活動する政治家で1995~97年、フランスの環境相を務めた。今年6月には「核の真実-禁じられた選択」をフランスで出版した。
産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110901/trd11090113160012-n1.htm
福島第一原発の地面から水蒸気が噴き出ていることを報じるロシアのテレビ
2011.10.29 Category : 福島原発事故
8/17 RussiaToday
福島第一・地面から水蒸気が噴き出している状況について、広島市立大学ロバート・ジェイコブズ教授に話を聞く。
8月17日のロシアトゥデイ放送
福島第一原発で、7月31日と8月12日に起きた大きな余震が起きた時から、蒸気が地割れから噴出していること(日本では全く報道されていない)について、広島市立大学のロバート・ジェイコブズ教授に話を聞いている。
「1号機では19日の午後11時、原子炉周辺の19か所に設置されたすべての温度計が100度を下回った」なんて、ニュースがあったけど、燃料が、完全にスルーアウトして地下へもぐってしまったということなんじゃないかと思う。
「2号機の温度は、20日午前11時の時点で最も高い場所が118.4度、3号機では126.4度と、引き続き100度より高い温度を示しています。」とある。これも、2号機、3号機とメルトアウトしていきつつある兆候かもしれない。
>女性キャスター
福島原発の作業員が「施設下の地面がひび割れ、放射能を含んだ蒸気が噴出してる」と言います。
3月の津波による破壊で冷却機能は失われ、原発機器が起きました。新たな証拠は、以前より原発の状況が悪くなってることを示唆しています。
広島市立大学のロバート・ジェイコブズ教授に話を聞きます。
蒸気が噴出してる件は、どの程度深刻ですか?
>ロバート・ジェイコブズ教授
非常に深刻な事態が進行中です。これは、7月1日(31日らしい)のM6.4と8月12日のM6.0の大きな余震の後、始まりました。
この余震により、パイプや地下の建物が破損している可能性を示唆してます。
放射能汚染水が地中に流れ出してる可能性があります。
その上、ひび割れは大きくなり、蒸気の出口が出来つつあります。
作業環境は以前より悪くなっています。
というのは、問題が建屋や格納容器に閉じ込められていないからです。
放射能がどこにあるかわからない状態なので、作業は依然より難しくなっています。
地中を放射性物質が流れている可能性があります。
>女性キャスター
作業員はこうも言っています。
「原発は津波が来る前に地震で壊れた」と。
こう言った日本の原発は耐性基準を高めるべきだと思いますか?
>ロバート・ジェイコブズ教授
はい、日本の原発はM8の地震に耐えられるように設計されています。
今回の地震はM9(管理人:途中からモーメントマグニチュードに物差しが変更されましたが)でした。
楽観的シナリオを想定しで設計されたんです。
想定以上の地震が起きることが明らかになりました。
1号機は津波が来る前にメルトダウンしたことに関して、多くの証拠があります。
もし、原発が津波ではなく地震によりメルトダウンしたのなら、M9の地震は日本のどこでも起こる可能性があるので、すべての原発の信頼性や耐震性に疑問符がつきます。
話を放射能を含んだ蒸気に戻しましょう。
これは余震の後続いているんです。
大きく壊れていた原発が、M6.4の余震や、もっと大きな地震もありましたが、現在、炉心が地下に落下しているんです。
格納容器の底に落ちているんです。
仮に、建屋の中の放射能レベル、水圧、温度が下がったとしても、放射能が消えたわけではありません。
溶けた炉心燃料が移動しただけです。
余震により建屋の外に出たのでしょう。
これが、現在見えている放射能蒸気です。
(ガイガー・カウンターの針は、2.39MSV)←間違いのご指摘をいただき「2.39mR/h」に訂正します。つまりは、23.9μSVですね。通常の1千倍~5百倍の値ですよね。
大きな地震は、余震を伴います。
現在の原子炉は、津波はもちろん地震に対しても安全ではないのです。
>女性キャスター
耐震性に問題があり、炉心や蒸気の問題とか危険な事態になっていますが、信頼性のない原発は何時廃炉にすべきなのでしょう?
ロバート・ジェイコブズ教授
今直ぐです。
天災は我々の能力を超えているのです。
いろんな天災が原発を襲う可能性があります。
これらの原発は理想の状態でしか運転できないのです。
われわれはそんな世界に住んでいません。
我々は原発と共存できるのか、問い直す必要があります。
ふじふじのフィルター
http://fujifujinovember.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/817-russiatoday.html
死因は放射能急性被曝
2011.10.29 Category : 福島原発事故
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福島第1原発事故で、政府が避難指示を出している原発から約20キロの圏内に、東日本大震災で亡くなった人の遺体が数百~千体あると推定されることが31日、警察当局への取材で分かった。27日には、原発から約5キロの福島県大熊町で見つかった遺体から高い放射線量を測定しており、警察関係者は「死亡後に放射性物質を浴びて被ばくした遺体もある」と指摘。警察当局は警察官が二次被ばくせずに遺体を収容する方法などの検討を始めた。当初は20キロ圏外に遺体を移して検視することも念頭に置いていたが、見直しを迫られそうだ。
警察当局によると、高線量の放射線を浴びた遺体を収容する際、作業する部隊の隊員が二次被ばくする可能性がある。収容先となる遺体安置所などでも検視する警察官や医師、訪問する遺族らに被ばくの恐れが生じる。
遺体は最終的に遺族か各市町村に引き渡すことになるが、火葬すると放射性物質を含んだ煙が拡散する恐れがあり、土葬の場合も土中や周辺に広がる状況が懸念される。
警察当局は現場での除染や検視も検討しているが、関係者は「時間が経過して遺体が傷んでいるケースは、洗うことでさらに損傷が激しくなり問題だ」と指摘している。
身元確認のため、遺体から爪だけを採取してDNA鑑定する方法もあるが、爪も除染する必要があり、かなりの手間と時間がかかるという。
27日に、大熊町で見つかった遺体は、除染が必要な基準の一つである10万cpm(cpmは放射線量の単位)まで計ることができる測量計の針が、振り切れる状態だったという。このため福島県警の部隊は遺体の収容を断念している。
2011/03/31 14:02 【共同通信】
http://www.47news.jp/CN/201103/CN2011033101000278.html
「シュピーゲル」誌(2011年5月23日号) 「原子力国家」日本語訳
2011.10.29 Category : 福島原発事故
「原子力国家」 コルドゥラ・マイヤー
オイルショック後、日本は無条件に原子力に全力を注いできた。それ以来原子力業界は、福島原発をもつ東電を筆頭に国全体を腐敗させてきた。政治、科学、マスコミは彼らの共犯者だ。民主主義は原子力に完全に浸透されてしまったのである。
あの金曜の朝、山口幸夫氏は自宅でグレーのカーディガンを脱いで、上等のこげ茶色のスーツを着込んだ。それから新幹線に乗って、柏崎・刈羽に向かった。日本の西海岸にあるこの土地には、世界で最大の原発が建っている。
太縁メガネをかけ、グレーの顎鬚を伸ばしたこのシャイな物理学者は、原子力資料情報室(CNIC)の反原発運動家だ。彼はこの朝、原発の耐震性を審議する委員会に向かっていた。今回は柏崎原発を運転する東電と会って津波に対する安全性に関しても話し合うことになっていたのである。3月11日のことだ。
午後一時ちょっと前、山口氏は新潟県庁の木目の板張りの会議室の最前列、左から2番目の席に着いた。恐ろしい津波の可能性を警告したところで、それがいったい何になるというのだろう。「いつものとおりに進行するだけです」と山口氏は語る。「東電の社員十数人にたった一人で立ち向かうんですから。そして彼らはすべて安全です、と言うだけです。」
14時46分までは。この万全はここで崩れたのである。いきなり会議場がゆれ始めた。地震だ。皆、建物の外に出たので会議は15分間中断し、それからまた再開した。東電の代表者が、原発が地震・津波に耐える安全設計であることをもう一度、繰り返した。
その瞬間に200キロ東で14メートルの高さに及ぶ巨大な波が、東電で2番目に大きい原発コンプレックスの6メートルの防波堤をのみこんでいるとは、この会議に参加している者の誰一人、予想していなかった。
午後4時ごろに新潟での会議は終わった。地震のために新幹線が止まっていたため、山口氏は地元のホテルにチェックインしたが、その時東電はちょうど政府にこう報告していた。「福島第一原発が制御不能になった」と。
こうして、原発ロビーが繰り返し唱えてきた安全神話は、現実にまたもや見事に裏切られたのだった。地震だけで、導管のいくつかはすでに破損したと見られている。そして燃料棒が溶けて高熱のウランの塊と化し、一号炉の圧力容器の底を貫通したのだ。水蒸気爆発の危険性はいまだ解除されていない。
東電および政府の宥めすかしの言葉が、根拠のない空疎な言葉であることがはっきりした。1万人もの市民が我が家を捨て、避難しなければならなくなった。そしてもう二度と帰れないかもしれない。事故現場から40キロほどはなれた飯舘村ですら、今になって避難することになった。
2ヶ月にもわたって東電幹部は事態を過小に説明し、責任逃れをしながら事故の収束を空しく試みてきた。そして先週の金曜になってやっと社長の清水正孝と副社長の武藤栄が辞任を表明した。辞任に追い込んだのは四半期決算の損失が、107億ユーロまでに及んだことだ。
東電常務であった西沢俊夫が後任として社長の座に就任しても、コンセプトのない緊急事態の対応処理になんら変化は訪れないであろう。東京にある東電本社の二階に、今までどおり危機対策本部のメンバーが集まるはずだ。ここは大きな会議室で、内側から窓に張り紙が張られている。半円形のテーブルに東電の幹部が並ぶ。これまで東電の原子力部長であった武藤氏がまだ議長だ。彼の左には東電代表取締役会長である勝俣恒久が席に着く。彼は大概午前9時に東電に現れ、また夜の6時か7時に姿を見せる。清水社長は最近はすっかり姿を見せなくなった、と出席者の一人が証言している。
危機管理の責任者が誰かは不明
会議用のテーブルの周りには、丸い小机が並んでいる。そこにはエキスパートチーム、アメリカの原子力規制委員会の専門家、フランス原子力産業企業アレヴァ社の専門家、そして日本の科学者が席についている。彼らがじっと目を凝らしているのは壁にあるビデオモニターである。ここで専用回線により柏崎を始め、全原発と繋がっているのだ。
しかし、今彼らが注視しているのは、ほとんど左下のほうばかりだった。ここには福島第一原発の対策室から報告をしている吉田昌朗所長(56歳)が映っている。「吉田さんは自分の発言に耳を貸してもらえなくて苦労していますよ」とこの会議に参加した一人が言う。「現場の人は、今の状況がいかに厳しいか、まず本社に把握してもらう努力を行わなければならないのです」。
ところが、この危機管理でいったい誰が責任者なのか、それ自体もはっきりしていないのが現状である。シュピーゲル誌がこれより数週間前に東電のスポークスマンに「対策本部の指揮官は誰か」と尋ねたところ、「菅首相です」と答えが返ってきた。時を同じくしてある国会議員が政府に対して同じ質問を国会でしたところ、答えは「それはまずは東電です」だった。原子力安全・保安院はまた、こう発表している。「この危機を克服できるよう、我々は東電を支援する」と。
政府はことに、この支援を経済的に行っている。430億ユーロという莫大な金額で東電を破産から防ごうというのである。金融危機の際にヨーロッパやアメリカの大銀行を破綻から救ったおまじないの言葉、「Too big to fail:大きすぎて潰すわけには行かない」がこの日本最大の電力会社のケースにも当てはめられることになったのである。
首都圏に住む4500万人に電力供給する東電
東電は、世界で四番目に大きい電力会社で、この大企業は約5万2千人の社員を抱えている。これまでは年間約350億ユーロの売上高をあげてきた。第二次世界大戦が始まる前に日本は全電力会社を国有化し、地方に分割された独占企業に創り上げた。現在これら十社は一応私営企業だが、地方での独占支配は依然としてそのままである。
経済産業省は電力会社を常に、自らの産業政策を実行する機関として捉え、その見返りとして電力会社は、その利益を保証される恩恵にあずかってきた。首都圏に住む4500万人の人間が、東電から電力供給を受けている。東電の威力は至るところで見られる。研究やマスコミに資金を出し、繁華街渋谷の真ん中に巨大な電力館を作った。
福島の大事故後瓦礫の山となったのは原発だけではない。日本の原子力産業を支えてきたシステム全体が今、揺らぎ始めている。
「原子力村」とは、原子力をめぐって複合集団となった密閉したエリートたちを表す言葉である。この原子力村には東電の原子力部も、経済産業省の担当管轄の官僚も含まれているが。さらに学者、政治家、報道関係者もこのエリート原子力クラブのメンバーである。
「わが国はずっと洗脳を受けてきた」
反原発運動家の山口氏はこれまでも常々、この原子力村を囲い込む大きな壁に当たってきた。「彼等は皆、仲間意識が強いのです。彼等はエリートの東大出身者で、それから東電に就職するか、東電を監視するはずの電子力担当の官庁に勤めています」。
そして産業と官庁とはまた、政治とも癒着している。東電幹部は保守政党である自民党の重要な献金者であり、電力業界の労働組合は、菅首相が所属する民主党を支援している。原子力を批判する路線を、どちらの政党もこれまで取れるわけがなかったのである。
「原子力帝国」の中でロベルト・ユンクが恐ろしくも警告していることが、現実になってしまったかのようだ。この著書はかつて、ドイツの反体制世代の必読書だった。たとえ原発事故が起こらないとしても、危険な技術がいかに民主主義を蝕むか、ユンクはここで書いている。かつてドイツの原発ブロックドルフ(注:http://en.wikipedia.org/wiki/Brokdorf_Nuclear_Power_Plant)で放水車や警棒、有刺鉄線に身をさらすことになったデモの参加者は、恐れられていた監視国家の到来をすでに感じとったものだった。
ユンクの予測はドイツでは起こらずに済んだが、日本では予言であったことが実証されてしまった。賛成一致をよしとする日本社会において、原子力産業、電力業界、政党、学者は一体となって、民主主義を脅かす不可侵の聖域を作り上げてしまったのである。
原子力村の馴れ合いの根回し談合が、この大事故を助長してしまったのは、確かである。最高5.7メートルの津波しか福島には来るはずがない、と東電は算出していたが、これは日本のエンジニアグループで編成される委員会が出した資料を根拠にしている。しかしこの委員会の35人のメンバーのほとんどは、電力会社の元社員か、電力会社が出資するシンクタンクに従事する人間である。
マスコミの大半も電力産業を大スポンサーとして潤い、この談合世界の一部であるといっていい。「日本の公共メディアは福島で起きている大災害に共同責任があるのです」と山口氏は意見を下している。自然がこの最悪のシナリオを誘発したかもしれないが、その条件は日本人が自分たちで作っていたのです、と。
大事故にもかかわらず続けられる増設計画
絶えず地震に悩まされるこの日本ほど、リスクの高い原子力技術に不適である国はないというのに、である。伝説によれば、日本列島は大洋に棲む巨大な魚の背中の上に横たわっているという。そしてこの魚が痙攣したり、ばたばた動いたりするというのだ。世界で三番目に多い原発炉をかかえて稼動させていくには、いい条件だとは言えない。日本より原発の数が多いのは、アメリカとフランスだけである。
それでも日本は、この福島の事故が起るまで、増設計画を進めてきた。2030年までに電力の半分を原子力発電によりまかなおうというものだった。二桁に及ぶ新設基が計画されていた。
功名心高い産業大国に、オイルショックは恐怖をすえつけた。当時、日本政府は原子力産業を強硬なものにすることを国の第一の課題に決定した。それからというもの、日本の政治家は日本の経済振興と豊かさを、絶えず原子力エネルギーに結びつけてきたのである。
エネルギー原料輸入への依存から脱するという夢に目がくらみ、プルトニウム生成にまで手をつけることを政策で決定した。消費できる量以上に燃料をつくることができる高速増殖炉は、とても誘惑的だった。
原発を持つ国が世界では次々に、このリスクが多く、高価なオプションをあきらめていった(そしてドイツではカルカールにつくった高速増殖炉をおそらくこれまでで一番お金のかかった遊園地に作り変えた)のに対し、日本は高速増殖炉もんじゅを作り、1993年には本州の北端に再処理工場の基礎を築いた。この六ヶ所村にある施設はこれまでにすでに140億ユーロかかっており、世界でも一番高価な産業施設に数えることができる。この施設はしかし、まだ正式に稼動したことがない。
原子力という信仰
「わが国はこれまでずっと洗脳され続けてきました」と語るのは、保守派の自民党に所属する参議院議員である河野太郎氏だ。「原子力は日本では信仰なのです」。
48歳の河野氏は日本でも有数の政治家一族の出身である。15年以来国会議員として活躍しているが、彼は独立した意見をもっていることで有名である。彼が属する派閥の中で、日本の原子力路線に疑問を投げかける数少ない人間の一人である。その彼の主張を支えているのは、選挙結果がいいことだ。「だから原子力政策を批判することが可能なのです」と笑いながら語る。
「東電は、津波が想定以上だったと言っていますが、なにを期待していたというのでしょう?」と河野氏は続ける。想定値を決めたのは、電力会社関係にほとんど占められている、地震や津波の専門家がいない委員会だ。「彼らが、津波の高さはここまで、と自分たちで決定したのです」と河野氏は怒る。「ですから電力会社にこそ責任があるのです、明白なことです」
河野氏はしかし、同意見の仲間を見つけるのに苦労している。それというのも、日本では原子力に批判的な意見を持てば、科学・メディア、政治でのキャリアは終わると考えなければいけないからだ。
学者たちの研究室にまで電力会社の影響は及んでいる。たくさんの学者たち、ことに東大の学者たちは東電に皆、好意的である。それは、東電が当大学を何百万ユーロという単位の援助で奨励しており、あらゆる協会、シンクタンクや委員会を養っているからである。これまで、こうしたやり方での「コネ」は成功してきたといえるだろう。というのも、これまで東大の学者で東電を批判する意見をしたことがある人は、誰一人いないからである。
何百万ユーロもかけたイメージ作り
「原発批判者は絶対に出世できません、教授になることもできないし、重要な委員会のメンバーに選ばれることも決してないのです」と河野氏は語る。
それでも、時としてこれらの馴れ合い委員会のシステムに一瞬疑問が生じることもある。例えば、5年前に地震学者の石橋克彦氏が日本の原発の安全規制を見直す役目を負っていた委員会から辞任した時がそうである。19人いた委員会のメンバーの内、11人が電力会社が設けている委員会のメンバーでもあった。委員会の結論の出し方はどれも「非科学的」だと、石橋氏は嘆いた。「原発に対する技術標準を基本的に改善しない限り、日本は地震に襲われた時原発事故に遭う可能性がある」と彼はその時にすでに警告していたのである。
しかし、日本のマスコミではこのような警告はなかなか面に出てこない。東電は原発によって潤った金をマスメディアにも大量につぎ込んでいるからである。年間何百、何千億ユーロもの金額を東電はイメージ作りに費やしている。例えば東京の放送局TBSの「News 23」、フジテレビの「めざましテレビ」、テレビ朝日の「報道ステーション」などのニュース番組のスポンサーをしているのだ。これらのメディアは原子力産業の大きな分け前にあっているわけだ。
東電はまた、ジャーナリストたちを豪華な旅行に招待してご機嫌取りもしている。津波が福島第一の原発を襲った日には、東電会長は日本を留守にしていた。彼は、中国の豪華ホテルでマスコミ関係者を「視察旅行」に招待していたのだ。
「反抗的な市民は邪魔なだけ」
「日本は、誰もが原発を支持するのがいい、と思うような構造を作り上げてきたのです」と河野氏は語る。厳格な検査官、批判的なジャーナリスト、反抗的な市民は、そこでは邪魔になるだけだ。
警鐘はそれでも鳴らされなかったわけではない。ただ、その警告に基づく結論がとられることがなかったのである。最大のスキャンダルは失望した社員の告発により明るみに出た。1989年に日系アメリカ人のスガオカ・ケイ氏は今事故を起こしている福島第一の一号炉の点検検査を行った。彼はこの原発を製作したジェネラル・エレクトリック社(GE)の社員だったのである。
スガオカ氏は、蒸気乾燥機に「かなりの大きな」亀裂を発見して、驚いた。その後、この装置が180度ねじって取り付けられていたことすら、明らかになった。彼はそれを上司に報告した。そして、彼の視察団は数日間、その後の指示を待った - フルに報酬された状態で、である。
そして視察団が原発にやっと呼ばれて戻ってみると、上司たちはどう処理するかについて意見をまとめていたことがわかった。ジェネラル・エレクトリック社のスガオカ氏の上司は、亀裂が見える箇所を検査ビデオから消去するよう、命じたのである。「そして私のチームが実行しました」とスガオカ氏は語る。「そして東電の社員二人が、その作業を見ていました」
このことにすっきりしなかったスガオカ氏は、家に帰ってからそのことを書き留め、その文書を保管しておいた。1998年にGEに解雇されたスガオカ氏は、報復を思い立った。2000年6月28日に彼は、日本の原発監督官庁に手紙を書き送った。そこで彼は、自分が見たことを報告したのである。ほかにも同じような手紙を何通か、書いた。
スガオカ氏の告発は日本を震撼させた。まもなく、東電が安全点検報告をシステマチックに改竄してきたことが明らかになった。東電社長と幹部4人が辞任に追い込まれ、政府は17基の原発を一時的に停止させた。
東電の社員が何人も、安全性に関する疑問から監査官庁に報告していたことも、当時明らかになった。そしてこの監査官庁が行ったのは、これら「密告者」の名を東電にすぐに明かすことだった。このことは、原子力安全保安院のスポークスマンが確認した。
日本ではスキャンダルが長く尾を引くことはほとんどない。しかし、福島の現場にはここで、福島県前知事の佐藤栄佐久氏が登場する。彼は紺色の背広にポケットチーフを指し、銀髪がウェーブした上品な年配の紳士だ。骨董とゴルフが好きな彼は、反原発論者である。
「誰も東電を検査しなかった」
保安院が原子力村の内部からの告発をしっかり取り上げなかったことを知り、佐藤氏は自らこの事態を表ざたにすることにした。2002年から2006 年の間に、内部の人間21名が佐藤氏に助言を求めてきた。彼の部下が情報提供者と会って話を聞き、苦情を聴取し、記録した。そしてそれから、その記録をまとめて保安院に渡したのである。
それでも長い間なにも起きなかったので、問い合わせもした。「でも誰も東電を検査しなかったのです」と佐藤氏は語る。「保安院が本来ならやるべきはずであったことを、福島県が行ったわけです。ですから悪の根源は東電ではなく、保安院にある。彼らが告発を取り上げなかったのです」。
省庁、監査官庁、そして電気会社はこれだけ癒着しており、利害の対立は始めから必至であったといってよい。影響力の強い経産省は原子力産業を推す立場にある。日本製の原子力技術を中進国に売りつけたいという目的が常にあった。監査官庁である保安院はこの原子力産業を監査する任務があるのに、この原子力推進派の経産省の管轄下にある。
監査もそれにしたがっていい加減だった、と報告するのは原子力技術エンジニアの飯田哲也氏である。かつて日本の核廃棄物用のキャニスターを製造したことのある飯田氏だが、彼がまだ駆け出しだった頃、大変ショックだった思い出を語ってくれた。「僕はまだ20台始めの若造だったのですが、僕がしたことはどれも、なんの検査もせずによし、とパスになったのです」。
産業界と官庁の癒着
検査官が近づくと原発作業員が合図を送るのを、もう20年も前に、飯田氏は見ている。すると作業員の一人がひびから漏れが出ている熱交換器をきれいに拭き取って、姿を消す。検査官はそれをすべて見ていながら、見なかったふりをするのだ。「ここの検査など、単なる芝居に過ぎません」と飯田氏は語る。
産業と官庁の癒着はあまりに伝説的で、独自の名前が付いている。「天下り」と言うものだ。「天から下る」というこの表現は、官僚がこれまでの省庁でのキャリアを終えてから、電力会社の高給取りの地位に就く慣習を指している。
例を挙げると、東電の副社長の座は、もう何十年もの間天下り官僚の指定席と決まっている。石原武夫という名の男性は通産省事務次官だったが、「原子力政策のコーディネーター」として知られている。彼は1962年に東電に移り、取締役となってから副社長になった。
1980年には資源エネルギー庁長官増田実が東電に移り、同じコースをたどった。1990年と1999年にはまた別の官僚が続いている。日本共産党の議員が4月に政府に対し「これは指定席なのか」どうか問いただしたところ、スポークスマンは「そう言い換えてかまわないでしょう」と答えた。
しかし原発の現場ではそんなことはどんな意味も持たない。現場で働く労働者のほとんどは下請け会社や下請けのさらにまた下請け会社の日雇い労働者や出向社員である。しかし、特殊技術者も東電から来るのではなく、日立や東芝、あるいは直接アメリカのジェネラル・エレクトリック社といった製造会社から派遣されてくるのである。
東電技術者の無能さと傲慢さ
そしてこうしたエキスパートたちは、東電の幹部たちが原子炉のことをほとんど理解していないことを知っている。福島の下請け会社として何年も働いていた佐藤つねやす氏はこう語る。「東電の社員はたまに命令を下しに顔を出す役人と同じです」。
東電では無能さと傲慢さが同居しているのだ。スガオカ氏が隠蔽を公に告発した時、東電は社内の独自分析を行い、かなり欠陥があることを自ら認めている。東電の技術者たちは「自分たちの原子力知識を過信していた」というのだ。だから政府にも、安全は確保されていると信じている限り、この問題に関して報告しなかったというのだ。
それでも、東電も保安院も、これらの見解から何がしの結論を引き出すことはなかった。福島第一の老朽化した原子炉の稼動期間を更に10年延長する許可を得たときにも、このスキャンダルも、なにも変えることはなかった。それだけではない。原子力発電の定期検査の間隔がなんと13ヶ月から16ヶ月に延長されたのである。
「これが、スキャンダルを通して東電が取った結論なのです」と皮肉るのはグリーン・アクションの反原発運動家アイリーン・美緒子・スミス氏だ。「基準を新しく設置し、最終的には検査を間引きすること」。
東電のスポークスマンに、これまで反原発運動家の提案を受け入れたことはあるかどうか聞いてみると、「質問の意味がわかりません」という答えが返ってきた。
原子力産業の敵の扱い方
原発の大事故が起きてからもなお、東電はジャーナリストを煙に巻こうとしている。東電本社の一階には10週間前からテレビ放送局や大新聞社の報道関係者たちが詰めている。記者会見で彼らに与えられるのは、いかにも精確そうな生のデータの山だ。しかし、これらのレポーターたちに、何百という脈略のない測定値からなにをみつけろと言うのだろう。しかも、これらのデータは、後になって間違っていたことがよく判明するのである。
データに関して東電の社員は能弁であるが、責任というテーマは避けて通る。天下り?政治献金?研究費用の肩代わり?これらの複雑なテーマに関する質問に対しては、東電のスポークスマンは同じ答えを繰り返す。「ノー・コメント」。
それでも印象のよくない報道がされると、いかに東電が神経質に反応するかを語るのは、テレビジャーナリストの上杉隆氏である。彼は日本のテレビ・ラジオで人気のあるニュースキャスターだ。彼の番組は政治色が濃いのにも関わらず、娯楽的要素がある。上杉氏はゴルフが好きな、43歳の明るい人物だ。彼は福島で事故が起きるまで、あまり原子力には関心がなかったという。
ただし、名のある新聞で働く同業のジャーナリストたちに対しては、意見がたくさん合った。彼等は、報道対象である省庁の宣伝係をしているだけではないか、と彼は思ってきた。福島の災害発生後、上杉氏は東電のロビーに詰め、原子炉で今なにが起きているか、知ろうとした。
3月15日、彼は午後1時にTBSの生放送に出演した。そこで彼は、どうやら放射能が三号炉から出ている模様で、それが海外でも報道されている、と述べた。「本当は自明なことだったのですが」と彼は語る。しかし放送終了後テレビ放送局の上司から、番組を降ろされたことを伝えられたのだった。これ以降、上杉氏はTBSの仕事はしていない。TBSの番組制作のスポークスマンは、「内部では上杉氏を降ろすことは以前から決まっていたのだ」と説明している。東電からの圧力に関しては否定した。
上杉氏はその釈明を信じてはいない。それからまもなく、別のテレビ番組でもトラブルが生じたからである。「朝日ニュースター」でも、上杉氏が原子力に批判的なゲストを自分の番組に招待しようとしたら、電事連が当番組のスポンサー提供を終了した。放送局は、電事連のスポンサリングはもともと終了することが決まっていた、という。東電スポークスマンは、東電が上杉さんのようなジャーナリストに圧力をかけるなど、考えられない、と語った。
不都合な事実を暴露し、報道する者は制裁を受ける
日本政府はその間も、インターネットのプロバイダーに福島に関する「間違った報道」はネットから外すよう、依頼し始めていた。国民にいたずらに不安を与えてはいけないから、というのである。「まったくエジプトや中国よりひどい」と上杉氏は語る。「公共の秩序と倫理を脅かす」ものはすべて削除するように、という指示なのだ。
原子力産業がどのように反原発論者を扱ってきたかについて、原発批判を行ってきたロベルト・ユンク氏は自著の中で一章を割いている。この章のタイトルはこうだ。「萎縮させられてきた者たち」。
萎縮させられてきたのは、東電の不正行為を告発した社員であり、そのような都合の悪い話を報道した上杉隆氏のようなジャーナリストである。
福島県前知事である佐藤栄佐久氏のような人物も、その犠牲者であると判断できる理由がかなりある。佐藤氏は原子力村の権力に抵抗しようと試みたからだ。彼は原発を抱えるほかの県の県知事と連帯し、原発を批判的に見る枢軸を打ちたてようとしたのである。
力を持たぬ地方の政治家であった佐藤氏だが、世界中から原子力の専門家を福島に招待し、日本の新しいエネルギー政策を考えようとした。もしかしたら、彼はこれまで日本で一番影響力のあった原発批判論者であったのかもしれない。しかし、彼の政治キャリアは2006年に突如幕を閉じた。
彼は収賄罪で逮捕されたのである。彼と彼の弟が福島県の建設会社から、市価以上の価格で土地を売りつけた、という容疑だった。
裁判所は佐藤氏に有罪判決を言い渡した。二審の東京高裁では、減刑となったものの、有罪判決は変えられなかった。佐藤氏は現在、最高裁で無罪を求め、闘争中である。
東京の元検事である人物が語るには、佐藤氏の弟は、土地の売買でなんら収益を上げていない、ということである。それだけではない。当時の担当検事はその後、懲役18ヶ月で有罪判決を受けている。ある高級官僚を取り調べる別の捜査で、この検事が証拠物件を改竄していたことが判明したのだ。
しかし、佐藤氏のような批判者でなければ、いったいどこの誰がこれほどの大事故の責任者を突き止められるだろう。菅首相が先週の水曜日に出した声明は、まがりなりにも希望を持たせるものだった。彼は、監督官庁を解体し、日本の電力会社の地方独占を破り、エネルギー政策を「根本から見直す」つもりだと表明したのである。
グリーン・アクションの活動家、アイリーン・美緒子・スミス氏は、これらの約束は信用しないようだ。あらゆる事故が起こるたびに、常々日本が対処してきたのと同じことになるのではないかと彼女は危惧している。「事故を調査する目的で委員会がつくられるのですが、その委員会には、またいつもと同じ人間が座っているのです」と。
ジャーナリスト 上杉隆
http://uesugitakashi.com/?p=917
海外の見方「子供に20mSv/yearの被爆をさせるなんて無茶です。」
2011.10.29 Category : 福島原発事故
ドイツZDF-Frontal21 福島原発事故、その後(日本語字幕)
2011.10.29 Category : 福島原発事故
大川小の行方不明者捜索自衛官に勇気を与えた小学生の手紙
2011.10.29 Category : 東日本大震災
東日本大震災では10万人もの自衛官が派遣された。救った人名は2万人にも上る。だが、彼らの奮闘はこうした数字だけでは推し量れないものも数多く存在する。そこでSAPIOは多くの自衛官にインタビューし、その埋もれたエピソードを発掘した。今回は宮城県石巻市立大川小学校で行方不明者の捜索に携わった自衛官たちに話を聞いた。
石巻を襲った津波による最大の悲劇の一つが大川小学校の壊滅だった。石巻市立大川小学校は、児童108人のうち74人が死亡または行方不明となった。学校周辺や校舎内では、自衛隊による必死の不明者捜索が行なわれ、瓦礫や汚泥が取り除かれた。そして震災から約1か月後。
「すいません!」
4月6日、大川小学校近くの追波川河川運動公園に設けられた宿営地内を歩いていた第14戦車中隊(岡山)の石井宣広3曹は、突如、背後から声を掛けられた。
その可愛らしい声の主は、ワンピースを着た小さな女の子だった。少女は、振り向いた石井3曹にこう言った。
「これ、読んでください……」
石井3曹に封筒を渡した少女は、名前も告げずに走り去っていった。少女は、母親と思しき女性の運転する車でやってきて、偶然近くを歩いていた石井3曹に手紙を渡したのである。
そこには、覚えたてのたどたどしい文字でこう綴られていた。
--------------------------------------------------------------
じえいたいさんへ。
げん気ですか。
つなみのせいで、大川小学校のわたしの、おともだちがみんな、しんでしまいました。
でも、じえいたいさんががんばってくれているので、わたしもがんばります。
日本をたすけてください。
いつもおうえんしています。
じえいたいさんありがとう。
うみより
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石井3曹は込み上げるものを必死で堪えた。
「胸がいっぱいになりました……。あの頃は、発災から1か月が経とうとしており、疲れもたまっていたのですが、あの手紙で、『明日からも頑張るぞ!』と皆、勇気が湧いてきたのです。そして自分たちのやっていることが人々のためになっているんだ、とあらためて認識しました」
その後、この手紙は第14旅団長・井上武陸将補の陣取る女川の指揮所に届けられ、たちまち各派遣部隊に伝わった。
井上旅団長は言う。
「手紙を見た時は、もう体中の血が逆流するほどの思いでした。『よし、どんなことがあっても全員を捜し出すぞ!』という思いが漲ってきましたよ。うみちゃんは、どんな思いでこの手紙を書いてくれたんだろうと思うと……」
少女が自衛隊に寄せた『日本をたすけてください』という切実な祈りに全員が奮い立った。中には、手紙のコピーを手帳に挟んで災害派遣活動に励む隊員もいた。同県利府町の加瀬沼公園に宿営地を設営した北海道の第1高射特科群のある中隊指揮所にも、この手紙のコピーがボードに貼り付けられた。
東日本大震災から49日目にあたる4月28日、飯野川第二小学校の体育館で、大川小学校の犠牲者の合同慰霊祭が営まれた。祭壇には74の可愛らしい児童の顔写真が並んだ。その中には、いまだ行方不明の6人の児童の写真もあった。
その間も、第14旅団の隊員たちは、うみちゃんの手紙を胸に、行方不明の児童を捜し続けていたのである。
※SAPIO2011年8月17日・24日号
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20110804-00000000-pseven-soci
これから子供たちに起きること
2011.10.29 Category : 福島原発事故
コンスタンチン・ロガノフスキー/Konstantin Loganovski
ウクライナ医学アカデミー放射線医学研究センターのトップが明かす
「これから子供たちに起きること」
被曝は何をもやらすのか-知能の低下、左脳に損傷
(週刊現代 2011年7月16日・23日合併号)
被曝によって、がんや白血病に罹るリスクが増すといわれる。では脳にはどんな影響があるのか。チェルノブイリ事故が起きたウクライナで、15年間調べ続けてきた研究者に聞いた。
被曝した子供たちには言語能力、分析能力の低下が見られた
「残念なことですが、チェルノブイリ原発事故によって住民や作業員に起きたことは同じように福島でも起きると、私は思います」
ウクライナ医学アカデミー放射線医学研究センター(キエフ市)のコンスタンチン・ロガノフスキー氏はこう話す。氏が所属する放射線医学研究センターは、 1986年4月26日にソ連(現ウクライナ)で発生したチェルノブイリ原発事故で放出された放射性物質が人体にどのような影響を与えるかを調べるために、同年10月につくられた施設だ。200人の医師、1500人のスタッフがおり、ベッド数は534床ある。チェルノブイリ事故の人体への影響に関して研究している組織や機関は多数あるがここは最大規模だという。ロガノフスキー氏は、このセンターの精神神経学部門のトップを務める人物である。氏はこれまでどんな研究をしてきたのか。
「私がテーマにしているのは、チェルノブイリ事故によって放出された放射線が及ぼす中枢神経への影響と、被曝者のストレス、PTSD(心的外傷後ストレス渉障害)などです。対象としているのは原発作業員、避難民、汚染地域の住民などで、とくに力を入れているのは、事故当時に胎児だったケース。いま23歳から25歳となっていますが、彼らが5~6歳の頃から私はずっと追跡調査をしています」
あのときお腹の中にいた子たち
ロガノフスキー氏はチェルノブイリ原発が事故を起こしたとき、まだ医学部の4年生だったが、卒業後、このセンターに就職して、以来25年間、研究を続けている。氏の妻もここで小児科医を務めていて子供の被曝について調べているという。
氏のオフィスの壁面にはチェルノブイリ原発事故の写真が貼り付けてあるそれを指差しながら氏はここと福島の類似点を説明する。
「いまチェルノブイリ原発では放射性物質を完全に封じ込めるための工事が新たに進められています。石棺化した4号炉をさらにドームで覆ってしまうというものです。これを担当しているのはフランスの会社ですが、私はここで働いている作業員の医学面のケアもしています。
チェルノブイリで起きたことと福島であったことはよく似ている。事故後、最初にヨウ素が放出され、その後セシウムやストロンチウムが検出されるという流れもまったく同じですから。違いは福島には海があって、ここには河しかなかったことぐらいでしょう。したがってチェルノブイリ事故の後、住民や作業員に起きたことを見ていけば、これから福島でどういうことがあるか、わかるはずなのです」
日本でいま最も心配されているのは、胎児や子供たちの健康への影響だろう。それについて、ロガノフスキー氏が解説する。
「チェルノブイリは、広島に落とされた原爆のケースに比べれば被曝線量は低い。しかし深刻な内部被曝の被害者は多数います。甲状腺がんや神経系の病気の増加や、言語能力、分析能力の低下も見られました」
これら能力には左脳の関わりが深い。氏はその機能低下の原因について、次のように分析している。
「言語能力には脳の2つの部位が関係しています。ブローカ野とウェルニッケ野です。いずれも左脳にあります。脳の中でも最も重要な部位の一つといえるでしょう。私はここが損傷しているのではないかと考えています」
女性のほうが放射能の影響を受けやすい
ロガノフスキー氏らの研究チームが11歳から13歳までの被曝した子供たち100人を被曝していない子供たち50人と比較したところ、とくに左脳に変化が生じていることがわかった。氏は「母親の胎内における被曝体験が精神疾患を引き起こしたり、認知能力の低下をもたらしたりする」と述べ、脳波の変化と知能の低下も見られたと指摘する。
「被曝していないグループの知能指数の平均が116に対して、被曝したグループは107。つまり10程度ぐらいの差がありました。私の妻もrural- urban(地方・都会)効果を加味した調査、つまり地方と都会の教育格差を考慮した形の調査を実施しましたが、結果は同じで被曝者のほうが同程度低かったのです」
つい先日もロガノフスキー氏はノルウェーに出張してオスロ大学の責任者に被曝と知能の関係に関する研究の成果を聞いてきたばかりだという。
「ノルウェーは旧ソ連の国々を除くとチェルノブイリ事故の被害を最も受けた国です。この研究結果でも胎内で被曝した成人グループの言語能力は被曝していないグループに比べ低いと指摘していました」
胎児に関する研究でもう一つ気になるのは統合失調症をテーマにしたものだと、氏は話す。
「長崎大学医学部の中根充文名誉教授によると、原爆生存者の中に統合失調症の患者が増えており、胎児のときに被曝した人の中でもやはり患者が増えているという。ただ中根さんはこの病と被曝が関係あるという証拠がまだないと話していました。1994年のことです。統合失調症は左脳と関連があるといわれており、私たちも長崎大のものと同じような内容のデータを持っています」
ウクライナだけで20万人いろというチェルノブイリ事故の処理に当たった作業員たちの中にも、精神を病む人が出ていると、ロガノフスキー氏は言う。
「精神障害者は少なくありません。そのなかにはうつ病、PTSDが含まれています」
氏のチームの調査によって、自殺に走る作業員が多いことも判明した。
「私たちはエストニアの作業員を追跡調査しましたが、亡くなった作業員のうち20%が自殺でした。ただエストニアはとくに自殺は悪いことだとされている国なので、自殺した人間も心臓麻痺として処理されることがあり、実数はもっと多いのかもしれません」
精神的な病に陥るのは何も作業員に限ったことではない。京都大学原子炉実験所の今中哲二助教が編纂した『チェルノブイリ事故による放射能災害』によると、ベラルーシの専門化が調べた、同国の避難住民の精神障害罹患率は全住民のそれの2.06倍だった。また、放射能汚染地域の子供の精神障害罹患率は汚染されていない地域の子供の2倍だったという。
ロガノフスキー氏は被曝によって白血病やがんの患者が増えるだけでなく、脳など中枢神経もダメージを受けると考えているのだ。それは15年にわたる様々な調査・研究の成果でもある。
その他にどんな影響が人体にあるのだろうか。氏は様々な病名を挙げ続けた。
「作業員に関して言えば圧倒的に多いのはアテローム性動脈硬化症です。がんも多いのですが、心臓病や、脳卒中に代表される脳血管の病気も増えています。白内障も多い。目の血管は放射線のターゲットになりやすいからです」
さらに氏は遺伝的な影響もあるのではないかと考えている。
「チェルノブイリ事故の後、その影響でドイツやフィンランドでダウン症の子供が増えたという報告がありました。しかし、IAEA(国際原子力機関)や WHO(世界保健期間)はその研究に信憑性があると認めていません。ただ、私たち専門家の間ではなんらかの遺伝的な影響があると考えられています。小児科医である私の妻はチェルノブイリ事故で被曝した人々の子供や孫を調べましたが、事故の影響を受けていない子供と比較すると、はるかに健康状態が悪いことがわかりました。つまり被曝の影響は2代目、3代目、つまり子供やその子供にも出る可能性があるということです」
放射線の影響についてもっとはっきりしていることがある。それは「性差」で、氏によれば、「女性のほうが放射線の影響を受けやすいのだ」という。
「それは間違いありません。うつ病、内分泌機能の不全は女性のほうがずっと多い。チェルノブイリには女性の作業員がいたが、私はそういう点からいっても女性はそういう場で作業をやるべきではないと思っています」
低線量でも浴びれば健康を害する
では、これから福島や日本でどんなことが起こると予想できるのか。ロガノフスキー氏は慎重に言葉を選びながら、こう話した。
「女性に関しては今後、乳がんが増えるでしょう。肺がんなどの他のがんの患者も多くなると思います。作業員では白血病になる人が増加することになるでしょう。ただ病気によって、人によって発症の時期はまちまちです。たとえば白血病なら20年後というケースもありますが、甲状腺がんは5年後くらいでなることが多い」
脳や精神面、心理面ではどんな影響が出てくるのか。
「チェルノブイリの経験から言うと、まず津波、地震、身内の死などによるPTSDを発症する人が多数いるでしょう。放射能の影響を受けるのではないかという恐怖心から精神的に不安定になる人も出ます。アルコール依存症になったり、暴力的になったりする人もいるかもしれません」
ロガノフスキー氏は、実は福島第一原発事故直後に日本に援助の手を差し伸べようとしていた。
「私たちにはチェルノブイリでの経験があるし、たくさんのデータも持っているので、いろいろな面で協力できると思ったのです。そこで知り合いの医師たちを集めて、キエフの日本大使館に出向きましたが、門前払いされました。
チェルノブイリ事故が起きたとき、ソ連政府のアレンジによって、モスクワから心理学者や精神科医などからなる優秀なチームが避難所にやって来ました。彼らは地元ウクライナのスタッフと協力して被災者のケアに当たってくれたのです。福島ではそういうことがなされているのでしょうか。
ウクライナは裕福な国ではありませんが、チェルノブイリでの豊富な経験があります。私たちは今回、日本政府からお金をもらおうとして行動していたわけではありません。無償で協力しようとしただけなのです。拒否されるとは思わなかったので、とてもショックでした。
ロガノフスキー氏は、日本政府の姿勢に対して不信感を持っている。それは援助を断られたからだけではない。
「当初、発表された福島原発から漏れた放射性物質の量は実際とは違っていました。国と国の交流に大事なことは正確な情報を公開することです」
では、日本政府が定めた「年間20ミリシーベルト、毎時3.8マイクロシーベルト」という被曝限度量については、どう考えているのか。
「一般人は年間1ミリシーベルト、原発関連で働いている作業員は20ミリシーベルトが適性だと思います。これが国際基準です」
つまり、日本政府の基準を鵜呑みにしては危ないと考えているのだ。さらにロガノフスキー氏は低線量の被曝でも健康被害はあると指摘する。
「値が低ければ急性放射線症にはなりませんが、がんに罹りやすくなるなど長期的な影響はあります。そういう意味では低線量被曝も危険です」
これが、ロガノフスキー氏が長年、行ってきた低線量被曝が健康を害するかどうかの研究の結論である。氏は「ノルウェーでも同じ結論を出した学者がいる」と話す。
子供はなるべく遠くへ逃げなさい
だとしたら、どうやって自分や家族を守っていけばよいのだろうか。とくに子供や妊婦はどうすればいいのか、ロガノフスキー氏にたずねた。
「まず最も大事なのは正確な線量の測定をすることでしょう。いま私が座っているところが安全でも2m離れたあなたが座っているところは危険かもしれないからです。福島や東京にもホットスポットがあるようですが、チェルノブイリでも同じです。原発を中心に円を描いても、その内側に安全なゾーンもあれば、外側に危険なゾーンもあります。だからこそ住んでいるところの線量をきちんと測る必要があるのです。
次に大事なことはクリーンな水と食べ物を口にすることです。日本政府が定めている基準より線量が低いからいいというのではなく、私は完全にクリーンなものだけを摂ることを勧めます。これはあくまでも内部被曝の問題だからです。一度、体内に入ってからでは遅すぎます」
そして、氏は政府や東電にも専門家の立場から注文をつける。
「被災者や国民への精神的なサポートをきちんとやることが大切です。人間は不安の中で生活すると脳や精神面に悪い影響が出ます。それは放射線を浴びる以上によくないことかもしれません。そんな不安を軽減するためには正確な情報が必要です。日本政府や東電は情報を隠蔽したり、ウソの情報を流したりしたといわれますが、それは絶対にやってはいけません」
ロガノフスキー氏は、私たちに最後にこうアドバイスした。
「子供はとくに放射線の影響を受けやすいので、本当は海外に出るのがいいと思いますが、現実にはみななかなかできないでしょう。だからせめて、できるかぎり線量の高いところから離れて暮らすよう心がけてください」
http://www.globe-walkers.com/ohno/interview/loganovski.html
【驚愕】元東電社員の内部告発~書き起こし~
2011.10.29 Category : 福島原発事故
短くお話ししますと、僕は福島原発、第一原発から15キロ真西に住んでました。
標高は550ぐらいあったんで、津波は全く問題なく、家も束石方式の基礎の古い家に住んでたんで、平屋の、で、屋根も軽くて、ちょうど本震が来たときは薪の仕事をしとって、で、一服しようかなと思って、3時前だけど、まあ、いっかなと思って、ココアを、薪ストーブに火入れて、ココア飲んで、で、たまたま午前中にデジタル放送のテレビの難聴区域だったんで、光ファイバーみたいなのを大熊町が引いてくれて、その工事が終わって、で、別にテレビとか、全然見たくないんだけど、子供とかがいるんで、テレビ見れるようにしたんですけど、で、ぱっとテレビつけたら、どーんと緊急地震速報が出て、で、これだと思って、すぐ外出て、で、ココア持ってたんだけど、薪割り台のとこに置いて、で、2分、3分弱ですか、本震があって、その間、山がもう、ごーってずっとうなってて。で、ココア、ほとんどこぼれました。そのぐらい。
でも、立ってられて、別に這いつくばって腰抜けるようなほどでもなくて、薪ストーブにちょうど火入れたばっかりだったんですけど、中��煙突がちょっと外れたぐらいで、ひっくり返りもせず、何の被害もなかったです。
で、次の日、爆発したんですね、1号機が。その爆発までは、僕はもう、地震、津波、炉心溶融というのはもう予測してたんで、で、嫁はちょっと離れたとこに、たまたまちょっといたんで、迎えに来てくれて、土曜日、で、常葉町っていう35キロのところに嫁の実家があったんで、そこに逃げて、で、2日ほどして、まあ、子供もまだ小学校2年生の女の子なんで、もうちょっと逃げようかって話になって、さらに嫁の親戚筋をたどって、栃木県の那須、70キロぐらいですね。まで逃げて、で、そこに3週間ぐらいいたんですかね。
で、高知県の県庁が県営住宅の無料開放を宣言してもらったんで、もともとナカムラのほうに、ほうばい?がおったんで、僕、サーフィンやるんですけど、サーフィンブラザーズがいて、県営住宅あれば、余計行きやすいかなと思って、4月の頭にこっちまで逃げてきました。
実際、じゃあ、放射線、どのぐらい浴びたのかなってぱっと計算したんですけど、20ミリシーベルトありました。
放射線量率って単位時間当たりのマイクロシーベルトとか、ミリシーベルトで表示されてますけど、僕は一応、原子力、学校合わせると20年いて、国の日本原子力研究所ってとこで大学の原子炉工学コースのさらに短時間濃縮コースみたいのを半年ぐらいトレーニングを受けた人間なんで、ちょっとした線量率の計算とか、あと、どのぐらい積算で浴びるのかって簡単な計算方法はもう自分でできるんで、で、こっち来て、落ち着いて、計算したら20ミリシーベルトを大体浴びてて。
結局、具合悪くなりました。
はっきり言うと。栃木の那須に逃げて、すぐ、だから、4日目ぐらいからもう鼻水、どろどろの鼻水が出て、で、鼻血もとまんなくて、のども痛い。
これが低線量障害ってやつなんですね。
だから、実際、100ミリまで行かなくても、恒常的に常に浴びてれば、何らかの障害というのは出てきて、で、国も政府も、当然、原子力安全委員会も、東電も、全く問題ないって言い方してますけど、全く問題あります。
というのが1つ、僕の生の証言です。
一応、今日あんまりコピーしてこなかったんですけども、単位時間当たりの線量率をどうやって積算にするのかという計算式を書いたメモ、すごい汚い字なんですけど、書いてきたんで、欲しい方はどうぞ持ってってください。
で、0.24マイクロシーベルトパーアワーって書いてありますよね、新聞に。1時間当たり0.24マイクロ、それを1年間ずっと浴び続けると、2ミリシーベルト、1年間当たり浴びるんです。
ICRPって国際放射線防護委員会が勧告してるのは、一般公衆の被曝線量限度ってのは1ミリシーベルト、わかりますか。
その20倍をたった1カ月もたたない3週間ぐらいで浴びちゃったんです、僕は。
で、僕はもう今年47歳なんで、そんなにもう細胞分裂もしてないからいいんですけれども、子供、子供はもう細胞分裂、活発で、自分の原本のDNAをコピーして体でっかくしてるわけですから、壊れたDNAをコピーすることによって発がん率ってのは高まりますんで、まあ、子供もすぐこっちまで避難させたっていういきさつなんですけれども、そんな、ちょっと生々しい感じの話になっちゃんですけど。
で、もう1つ言わせてもらうと、僕は10年前に東電やめたんですね。
で、何でやめたかって皆さん、聞いてくるんだけど、理由はね、ほんとに簡単なこと。
もう、うそ、偽りの会社、ひどい会社。で、偉くなれるのは東大の原子力出てきた人間、技術系だったら、もしくは東大の法学部出てきた人間が社長とかになりますから。
で、もう、そういうエリート官僚主義の最先端行ってるとこなんですね。
最先端っていうのかどうかわかんないんだけども。
で、うそばっかついてて、例えば、あるものが壊れましたと、このハンドルが壊れました、壊れた理由は、例えばこうやって日に出しといて、紫外線で劣化して壊れたっていうのが普通の理由なんだけれども、それを経産省、昔でいうと通産省、で、今でいうと保安院と原子力安全委員会に説明するにあたって、自分たちが説明しやすい、しかも、結果ありきでつじつまが合うようにストーリーをつくって、それで保安院に報告してプレス発表するわけです。
それを専用のテレビ回線を使って、トラブルをちゃんと収束するまでの間、テレビ会議で延々と、昼夜を問わず、1週間缶詰とか、2週間缶詰は当たり前の中で、どうやって壊れた、ハンドルが壊れた原因を役所で説明しようかってことをやってるわけです。
で、僕はもう17のときからサーフィンやってて、レゲエの神様のボブ・マーリーが大好きで、で、そのせいで、そういううそ、偽りに気がついて、僕は会社いるときにバランス崩しちゃってですね、そういう世界にいたから。
いつも自然と触れてて、レゲエが大好きで、ビールも大好きで、で、友達といい波乗って、おいしいビール飲むっていう生活と、その東電のその組織の中での役割っていうギャップですよ、真逆ですから、はっきり言って。
で、それでバランス崩して、もうやめたいって表明して、やめるのに3年かかりました。
3年です。
もう引きとめに引きとめて、で、最後、もう、僕ちょっと労働組合の仕事とかも少しやってたんで、労働組合の委員長と面談になって、引きとめの面談になって、で、何で、キムラ、やめるんだと、そのほんとうの理由を教えてくれと労働組合の委員長に言われたときに、僕、こう言ったんです。
はっきり言って、10年前ですよ。
原子力発電とか、原子力エネルギーというのは斜陽、終わってるって。
だって、わかりますよね。
皆さん、ほんとに意識が高い人たちだから、プルトニウムの241番が放射能の力が弱まる、半分になるまで2万4,000年かかるんですよ。今この瞬間使ってるエネルギーのために2万4,000年先の子孫にごみを、負の遺産を受け渡すことの解が出てないわけじゃないですか、答えが。
なのに、発電し続けてることのその矛盾、だから斜陽なんですよ。
そしたら、労働組合の委員長、こう言いました。
キムラ、おまえ、頭が狂ったんだな、気が狂ったんだな。
僕は、あんたが気が狂ってるんだよってはっきり言ってあげました。
そしたら、すごい怒って、おまえみたいなやつはもうやめろと、そう言われて、やめられて。
で、またその後におもしろい話があるんですけど、僕はね、原子炉の認可出力ってあるんですよ。
例えば福島第一の1号機だったら、1,380メガワットなんですよ、原子炉の出力は。
1,380メガワットを電気にすると、46メガワットで、東京ディズニーランドを1日動かすのに必要な電気は57メガワット。
だから、福島第一の1号機じゃ東京ディズニーランドは動かないんです。
足りないの。
でね、電気の出力ははかれるんですよ、ちゃんと。
オームの法則みたいなやつで。「オーム」(ガヤトリー・マントラのたぐい?)ってやつ。なぜかオームなんですけど。
で、1,380メガワットをはかってるんですけども、間接的に、だけど、認可出力が1,380メガワットだから、絶対に超えちゃいけないんです、それは。
1時間に1編コンピューターを使って計算して、打ち出しして、保安院に報告するんです。
で、1,380メガワットを1メガでも超えちゃいけないんです。
で、誤差っていうのは2.5%なんです。
ということは、27メガワットプラマイ誤差があるんですけど、だから、うちらは技術者の判断で、それは誤差範囲だからっていうことで下げるんですよ。
1,381にならないように、僕が計算機に、大型コンピューターにアクセスして、裏技なんですよ、これは。
アクセスして、超えそうなときに係数を掛けるんですよ、0.995とか。1に対して。
それで認可出力を超えないように、打ち出しが、そういう操作をしてたんですよ、僕は。
で、それができるのは東京電力の中でも、4,000人原子力従事者がいるんだけども、社員だけでも、その中でも2人か3人、そんな技を持ってたんで、なかなかやめれなかった。
全くやめさせてくんない。
何でかっていうと、やっぱりこうやってね、内部告発みたいなことするわけですからね。
あれは間違ってるよって。
だって、僕、人並みぐらいには正直な人間ですもん。
だから、知りたい人にはこうやってちゃんとアナウンスして、ほんとうの情報だけ、さっきの単位時間当たりの線量率をどうやって年間にかえるのかとか、そういうことも全部レクチャーしますんで。
そういうことを危惧して、東電は僕に、会社やめるときに、850万円退職金上乗せしてくれたんです。
そのときに、本店に呼ばれて、副社長に、キムラ君、わかってるよね。
何がわかってんだろうって思ったけど、わかってますって。
わかってるよねって言われたら、わかってます、わからないとは言えないんで、じゃあ、もう帰っていいよって言われて、面接2分、それで850万上乗せしてくれて、で、1,300万もらって、まあ、親が事業やってたんで、全部そっちに回しちゃって、今はそんなお金持ってないんであれなんですけども。
まあ、そんなおもしろい話が1つあって。
で、あんまり、第一の1号機も燃料の全体の燃料の7割が溶けちゃって、で、最近はちょっとデータ見てないんですけれども、原子炉の圧力とかも上がってるし、格納容器内の放射線量率も上がってるし、で、ヨウ素の131番っていうのが減ってない、最近ちょっと減ってきたみたいなんですけども、つい最近までは確実に再臨界になってました。
だって、皆さん勉強してるから、ヨウ素の131番というのは放射能の力が半分になるのにたった8日間ですよね。
なのに、もう8日たって、もう1カ月近くになってるのにヨウ素131がどんどん増えてる、それ自体がもう再臨界して、臨界にならなければ、ヨウ素というのはできないんです。
絶対に。中性子、ぼーんとウラン235番が受けて、割れて、ヨウ素の131番っていうのができるんですよ。
原子力っていうのはそういうもんなんで。で、そのうちのアインシュタインの相対性理論の話になっちゃうんですけど、そのうちのほんの1グラムとか、0.何グラムが熱になって、で、水を温めて、蒸気にして、その蒸気をタービンに回して、タービンに直列につながって発電機を回して電気ができるんです。
それが発電システムなんで。
で、絶対にヨウ素の131番は中性子が出て核分裂しない限りは、絶対に出ないんです。
だから、再臨界してて、そういう、ほんとは再臨界してるのに、原子力安全委員会、認めないでしょう。
東電、認めないでしょう。政府も認めないでしょう。
これはね、再臨界はしてたんです。
つい最近まで。
これはもう事実です。
プロがほんのちょっと原子炉の物理とか知ってる人間であれば、だれでもわかること。
それがまず1つ、うそね。
で、さっき言った、例えば0.24マイクロシーベルトパーアワーというのは安全だとかっつってるのもうそ。
うそです。
それが僕は今日、皆さんに伝えたかったことです。
で、高知は結構離れてるんでいいんですけど、ドイツの気象局が出してる放射線の、放射能の分布予測、スピーゲルっていうんですか、わかんないですけど、それを見て、北東の風が日本を全体を流れてくるときは、絶対に子供を雨に当てないでください。
あと、女の人、これから子供をまだ産む人は出さないでください。
それは、おんちゃんらはいいですよ。
おれとかも含めて。
何でかっていうと、セシウムの137番というのがあります、今度。それの放射能が半分になるのが30年かかるんです。
で、何が危ないかっていうと、セシウムの137番というのは筋肉にたまりやすいんです。
男の人は比較的筋量が多いんで、筋肉に薄く、体の中に取り入れたとしても薄く広がっていきます。
だけど、女の人は乳腺と、あと子宮、どうしても筋肉がないんで、そういった器官に濃縮しやすいです。そうするとやっぱり乳がんの発生率とかがちょっと上がってしまう可能性があるので、そんなことは知ってれば防げることなんで、で、どうしても外に出なきゃなんないときは、布マスクの中にガーゼ入ってるじゃないですか。
それをぬらして、で、マスクして外に出る。
あと、ヨウ素が出てる限りは、ヨウ素はやっぱり昆布とか海草類にヨードとしてたまるので、そのヨウ素なんです。
で、髪の毛から吸収されやすいです、人間は。
だから、帽子をかぶって、直接雨に触れないようにするっていうのが1つ防げる方法です。
全然そんなことだれも言わないですよね。政府も。だけども、これだけは僕は言いたかったんで、今日、ナカムラから来てみました。
あんまり話が長くなっちゃうとあれなんで、最後に1つだけ。
何かチェルノブイリの30キロ圏内にあるすごいきれいな泉を守った長老たちがいるらしいんです。
どうやって守ったかっていうと、僕、こんなに原子力のこと勉強して、物理のこととかもある程度勉強したけども、目に見えない力ってのも絶対あるんです。
その30キロ圏内にあった泉を守った長老たちは、逃げなかったんです。
逃げずにその泉をどうやって守ったか。
祈りです。
だから、そう言っちゃうと信じる人も信じない人も、どのぐらいの割合でいるかわかんないけども、もしちょっとでも信じてもらえるんだったら、朝、まず、福島第一が穏やかに眠りにつきますようにって祈りと、あと、出てしまって、僕たちが使った放射能じゃないですか。
電気のもとだから。それが、愛と感謝の思いによって消滅して、無毒化するようにという祈りで、何とかみんなで力を合わせて、次の世代に伝えてもらえたらなって思います。
以上です。ありがとうございます。
http://blog.goo.ne.jp/banbiblog/e/dfe604984455e39920f3ce53ad85b5a0
「いま福島県で起きていること」 新聞・テレビがパニックを恐れて報道を自粛する
2011.10.29 Category : 福島原発事故

「福島の食い物なんて誰も買わんよ。俺だって、自分の子には食わせないもん」福島県内のある農家の男性が、ふと漏らした言葉だ。表立っては語れない、生産者だからこそ知っている真実に迫った。
■市民が作った放射能測定所
「こっちだって、危ない牛の肉は誰にも食べてほしくないし、出荷したくない。県のほうで検査して、大丈夫だって言うから売ったんだ。でも、一頭でも放射能にやられた牛が出たら終わり。この前、県の職員たちがうちで飼料に使っている稲わらを調べに来て、『基準値以下だから大丈夫です』って言ってたけど、結局、出荷できねぇんだろ。福島牛はこれで全滅かもな」
福島県相馬市の肥育牛農家の男性は、あきらめた表情でそう呟いた。
国が定めた放射能汚染の基準値を超える稲わらを食べた、いわゆる「セシウム汚染牛」問題は、あっという間に全国に広がった。7月8日に東京・芝浦と場で第1例が見つかって以降、10日余で、汚染牛の流通が確認されていないのは全国でわずか2県のみになってしまった(鳥取、沖縄。7月21日現在)。
01年のBSE(狂牛病)問題を受け、すべての牛に個体識別番号が付けられるようになり、スーパーなどで買った牛肉も、ラベルに記載された番号をインターネットで検索すれば、誰でも生産地を調べられる。新聞・テレビは、それを強調し、まるで汚染牛がすぐ見抜けるかのように報じている。ただ、宮城県や岩手県でも基準値超えの稲わらが見つかり、それを他県の畜産業者が購入していたように、もはや生産地がわかったところで、気休めにもならない。二言めには「風評被害を招くから」と、もっともらしい理由を挙げ、パニックを恐れて「不都合な真実」は報道を自粛するという姿勢は、無責任な国と同じだ。
どうすれば我が家の食卓を守れるのか。その思いは、原発事故の被害にさらされながら、あたかも放射能をバラ撒く元凶のような扱いを受けている福島県に住む人々も同様である。
7月17日、福島市内の福祉総合施設「福島テルサ」に、野菜、果物、牛乳などを手にした人々が集まっていた。この日、福島市民有志が立ち上げた「市民放射能測定所」がオープンし、一般の人々が持ち込んだ食品の放射線量を先着順で測定すると告知されていたからだ。
家庭菜園で栽培したタマネギを測定してもらった白石章さんが語る。
「自分で作っていた野菜を測定してもらおうと思ったのは、この野菜が食べられるかどうかを確認するためではありません。『福島で作った野菜は食べられない』ということを確認しようと思ったからです。私には娘と孫がいますが、同じ福島市内に住む娘に、孫たちを避難させるように言っても、なかなか納得しない。今回の測定ではっきりした数値が出れば、さすがに孫たちを避難させるだろうという思いもありました」
タマネギの測定結果は、4ベクレル(1kg当たり。以下同)。ドイツ製の「LB200」という測定機器は、ガイガーカウンターより精密な測定が可能だが、20ベクレル以下の低線量では誤差が出やすく、それを加味すると最大で14ベクレルになるという。国の基準値は500ベクレルだから、数値としては基準値をかなり下回っている。
だが、以前は高校で物理の教師をしており、原子力や放射能汚染についての知識も豊富な白石さんは、こう続けた。
「国の基準値より低いからといって、安全だとは思えません。低線量被曝による健康被害にはわからないことがたくさんありますから。だいたい、日本の基準値は、たとえばチェルノブイリ事故で被害を受けたベラルーシと比べると5倍も甘い。政府が繰り返す『安全』を信じていたら、孫の命が縮まってしまう」
■タケノコ、ビワからも
白石さんと同じく、測定を依頼しに訪れた人物に、「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」世話人の佐藤幸子さんがいる。佐藤さんが持参したのは、タケノコ、ビワなど。市内で採れたタケノコからは生の状態で1264ベクレル、茹でた状態でも799ベクレルと、基準値を大きく上回った。いまが旬のビワも約700ベクレルの数値が出たという。
「この辺りではタケノコなどは、みんな平気で食べていました。私は山菜類は数値が高いだろうと思っていましたが、それでも予想以上でしたね。
実は学校給食がどれくらいの数値かも測定してもらったんです。メニューはハンバーグに付け合わせの野菜、スープとご飯、それと牛乳です。これらを混ぜて測定してもらったら、約40ベクレルという結果でした。給食は子どもたちが毎日のように食べるものですから、カロリー表示と同じように、ベクレル表示もすべき。食べていいかどうかの判断は、それぞれのご家庭がすべきですが、判断材料は提示してもらいたいですね」(佐藤さん)
本誌記者も福島市内のスーパーで購入した牛肉と豚肉、卵を測定してもらった。スーパーによると、牛は青森県産、小間切れの豚肉は、複数の産地の豚肉を混ぜるので、「国産」ということしかわからないという説明。その測定結果は牛肉が18ベクレル、豚肉が24ベクレル、卵が11ベクレルという値だった。
もちろん、いずれも基準値以下である。だが、本来、食品からセシウムなどの放射性物質が検出されること自体が問題なのだ。
「郡山市では50万ベクレルという汚染値の稲わらが見つかった。そのわらが置かれていた周囲も相当汚染されているし、すぐにこのわらを扱った人たちの被曝線量を調査したほうがいい。食品について言えば、消費者にとって汚染ゼロがいいのは当然ですが、これだけ大規模に放射性物質が拡散した以上、すべての食品が汚染されてしまったと考えて対処しなければなりません。飲食店には1食あたりの汚染量の表示も義務づけるべきです」(立命館大学・安斎育郎名誉教授)
たとえ基準値以下でも、日々の食事を通して内部被曝は確実に進んでいる。特に子どもたちには、少しでも汚染が少ないものを食べさせる必要がある。
NPO法人「日本消費者連盟」代表運営委員の富山洋子氏が言う。
「私たちのところにも、親御さんから、食品の被曝検査ができないかという問い合わせが多い。こちらでは検査ができないので、民間機関を紹介していますが、そこではこれまで約1200件の検査依頼があり、肉・魚・野菜など、検査したほぼすべての食品で放射性物質が検出されたそうです」
■すでに流通している
チェルノブイリ事故後、日本では輸入野菜について370ベクレルという基準値を設けた。今回の基準値は、原発事故後に泥縄式に決めたものだが、同じ野菜でも500ベクレルと、なぜか輸入野菜より甘めに設定された。
では、福島県内で肉や野菜、米、牛乳などを作っている生産者たちは、自らが作る食品の安全性について、どう考えているのか。本誌は様々なジャンルの生産者たちに本音を聞いた。
最初に断っておくが、冒頭に紹介した肉牛を除けば、〝今のところ〟すべて基準値以内で安全というお墨付きを得ている食品の生産者たちだ。つまり、彼らが作ったものはすでに流通しているか、これから流通することになる。
まずは4月半ばから段階的に出荷制限が解かれた原乳について、乳牛を飼育している酪農家に聞いた。
「毎朝搾りたての牛乳を一煮立ちさせて飲むのが日課でしたが、事故のあとは止めています。今回のセシウム騒動は人ごとではない。うちではオーストラリア産のわらを使っていますが、わらを置いている倉庫は開放式で、戸外から空気が入ってくる。放射能を完全に防ぐのは無理です。もし、原乳からセシウムが (基準値を超えて)出たらどうしようかと不安です」
次に養鶏業者。
「うちの飼料は基本的に輸入モノで、タンクに入れて密閉するから大丈夫だと思います。また、鶏自体はケージで飼っているから土壌汚染の影響も受けない。むしろ、地鶏が心配だね。平地で放し飼いだから、その辺の草も食べる。鶏なんていったん放射性物質を体に取り込んだら、すぐに卵に出てしまう。そういう放し飼いをしている業者から肉や卵の汚染が発覚したら、違う飼い方をしていても影響をもろに受けてしまう」
一方、県内のある地鶏業者は「地面に石灰を撒いて、その上にビニールシートを敷き、さらに籾殻を敷いている。今使っている籾殻は昨年収穫されたものだから問題ない」と語った。
確かにこの地鶏業者は、鶏をビニールハウス内で飼うなど、かなり防御策を取っていたが、すべての業者が同じような対策を取っているわけではない。また、当初は安全と思われていたビニールハウス栽培の野菜でも、7月15日に福島県は、伊達市と本宮市で、椎茸から基準値を超えるセシウムが検出されたと発表した。ビニールハウスは安全だと思っていた生産者たちに与えた衝撃は大きかった。
養豚業者も、牛と違って飼料は輸入物が大半で、密閉管理しているので、エサから放射性物質を取り込む心配はないと語る人が多い。ある養豚業者は「ほとんどの業者は、水道水はカネがかかるから、敷地内に掘った井戸水を豚の飼育に使っている。特に調べていないけど、地下水は大丈夫だろう」と語っていた。
日本環境学会元会長の畑明郎氏が、地下水汚染についてこう言う。
「原発事故現場の地下を調べれば、すでに地下水にも汚染が進んでいることが明らかになるでしょう。地下水脈の調査は大がかりなものになり、民間レベルや県レベルでは無理。環境省にはすぐ調査すべきだと言っているのですが、動く気配がない。今後、水の汚染は再び大きな問題になる」
■一番心配なのは「米」
県内を移動中、二本松市内で、田んぼに農薬を撒いている米農家の男性に会った。福島県内では地区によって米の作付けを見送ったところもあるが、この男性のところでは例年通り作付けをした。
「どうせ福島産なんて売れないだろうけど、長年の習慣だからね。うちの稲は国の基準もクリアしてるし、俺はもう60歳を過ぎてるから米ができれば食べるけど、この米を孫に食わそうとは思わんね」
伊達市内の米農家の男性の話はさらに深刻だった。
「うちの田んぼは阿武隈川の支流から水を引いているんだけど、県の指導では阿武隈の川魚は捕ることも出荷することも禁じられている。そんな水を使って米を作ってもいいのか、県にも農協にも聞いたけど誰も教えてくれん。出荷直前に本格的な調査をすると言っていたけれど、危ない米をわざわざ作りたくはないよ」
米は9~10月に収穫期を迎える。溜め池の水を使っている農家も多く、畜産関係者からも「一番心配なのは米」という声が聞かれた。
そもそも、セシウム汚染牛も福島県の抽出検査で発見できなかったように、検査態勢は到底万全とは言えない。県内に食品の放射能汚染を本格的に計測できる機器は6台。この6台で、計画的避難区域と緊急時避難準備区域の肉牛の全頭検査を行うだけでも不可能に近いのに、野菜、米などの検査も同時に進めなければならない。こちらは当然、サンプル検査で、先に挙げた椎茸のように、出荷後になって危ない物が見つかるケースは防ぎようがない。
梨農園の女性は、「8月になれば出荷するけど、お得意さんから『今年も買うから送って』と電話があって、お得意さんだけに本当に送って大丈夫なのか・・・」
と漏らした。この言葉は福島県内のあらゆる食品生産者の複雑な心境を端的に表している。
いつか自分のところや同業者から放射能汚染食品が出るかもしれないと不安を抱え、知り合いや得意客に食べさせるのは気が引ける。でも、国の基準値をクリアしている以上、生活のために出荷を続けざるを得ない。
新聞やテレビが、こうした生産者たちの本音を伝えることはない。だが、消費者が一番知りたいのは、作り手が売るのをためらうような食品が食卓に並んでいるという事実ではないだろうか。
「週刊現代」2011年8月6日号より
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/13863
「事故の責任者を刑事告発した理由」 広瀬隆
2011.10.29 Category : 福島原発事故
週刊朝日2011年7月29日号配信
福島第一原発メルトダウン事故が起こってからの私たちは、日本全土に放射能被曝をもたらした許されざる事故責任者たちが、毎日毎日テレビに登場して、平然と事故の解説をする姿を見せつけられてきた。また福島県に雇われた学者たちは、福島県内のすさまじい被曝状態の中に児童を放置しながら、それを安全だと触れ回ってきた。彼らには、まったくと言っていいほど、この大事故を起こしたことに対して、また被曝の深刻さに対して、反省の色が見られない。
福島第一原発メルトダウン事故が起こってからの私たちは、日本全土に放射能被曝をもたらした許されざる事故責任者たちが、毎日毎日テレビに登場して、平然と事故の解説をする姿を見せつけられてきた。また福島県に雇われた学者たちは、福島県内のすさまじい被曝状態の中に児童を放置しながら、それを安全だと触れ回ってきた。彼らには、まったくと言っていいほど、この大事故を起こしたことに対して、また被曝の深刻さに対して、反省の色が見られない。
そこでルポライターの明石昇二郎氏と私・広瀬隆は、このままでは次の大事故が誘発されることをおそれ、それを食い止めるため、7月8日に、東京地方検察庁特捜部に対して、福島県放射線健康リスク管理アドバイザーの山下俊一・長崎大大学院教授、神谷研二・広島大原爆放射線医科学研究所長、高村昇・長崎大大学院教授および高木義明・文部科学相らが、福島県内の児童の被曝安全説を触れ回ってきたことに関して、それを重大なる人道的犯罪と断定し、業務上過失致傷罪にあたるものとして刑事告発した。
また、原子力安全委員会委員長・班目春樹、東京電力会長・勝俣恒久、東京電力前社長・清水正孝、前原子力安全委員会委員長・鈴木篤之(現・日本原子力研究開発機構理事長)、原子力安全・保安院長・寺坂信昭ら多数も、未必の故意によって大事故を起こした責任者として、やはり重大なる人道的犯罪と断定し、業務上過失致死傷罪にあたるものとして刑事告発した。
特捜部に提出した証拠書類としては、7月15日に発刊した明石昇二郎氏との共著『原発の闇を暴く』(集英社新書)、拙著『FUKUSHIMA 福島原発メルトダウン』(朝日新書)といった2人の過去の著書などがある。これらは、大地震に原発は耐えられず、津波に対しても十分な対策がなされていなかったことなど、起こり得るとわかっていた「原発震災」の危険性を証拠づけ、この福島第一原発メルトダウン事故が「想定外」ではなく、「未必の故意」に該当する重罪であることを論証したものである。
福島県内の保護者らでつくる「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」主催の放射能の危険性についての学習会で、私は、7月2日にいわき市、3日には福島市と郡山市で、多くの不安を抱えた父母を前に、福島県内の放射能汚染の実態を話さなければならなかった。会場では、事実を知って涙ぐむ人がいた。私自身も涙をこらえることができなかった。
告発した内容は、それらの会場で語ったことと同じである。事故責任者に罪の意識がなく、福島県民の一生を台なしにし、大きな被害を日本社会に与え、とりわけ福島県内の児童の生命を危険な状態に放置している、その罪状を急いで明らかにするため、被害者に代わって特捜部による司法の捜査と裁きを求めるものである。国民の多くが裁きを求めているにもかかわらず、彼らの犯罪が放置されていることは、にわかに信じ難いことである。国民に代わって、急ぎ被告発人たちの罪と悪事を白日の下に晒(さら)し、法に基づく正義が実行されることを求める。
非常に多くの日本人は、いま、放射能の言葉におびえなければならない状況にある。大変な被害を受けていて、内心では原因も責任者も知って腹立ちを覚えながら、それを口にすると自分にはねかえってくる被害が大きくなるので、口をにごさなければならない。
福島県の学習会に向かう途次に見た光景は、水田の稲が青々と育つ姿であった。いったい、秋になってこれが収穫されたときに、どこへ流通するのだろうか。福島県内で聞いたのは、「収穫して、それをほかの産地のものに混入する」という言葉であった。「すでに原乳は混入されているし、福島県産の野菜は値崩れして安いので、そちこちで外食産業などに流れている」という話まで聞いた。頼むから、学校給食にだけは混入しないでほしいと願うが、給食を担当する人たちの意識がどこまで高まっているか、はなはだ疑問である。
◆認められた権利、災害の罪を問う◆
福島では、そうした危険性に気づいた父母が自衛しようと、自分の子供に「給食に筍(たけのこ)とシイタケが出たら、残すように」と言っている。そして子供が給食の筍とシイタケを取り分けて残したところ、先生が「食え!」と言って食べさせたという。このおそろしい話を聞いて、いったい日本はどうなるのだろうかと暗然とした気持ちにとらわれた。
そうした学校関係者の背後に、文部科学省がいることは間違いない。大事故を起こしただけでも取り返しがつかないというのに、子供たちに放射能汚染食品を「安全だ」と叫んで食わせる人間たちとは、どのような悪魔なのだろうか。
東京地方検察庁特捜部は、傲慢な東京電力の本社ビルに入って家宅捜索し、山のような段ボールに内部資料を詰めて、トラック数十台にそれを積み込んで、すぐに捜査にかからなければならない。特捜部は、名誉回復のためにも、これをしなければなるまい。
この刑事告発は、告発人が裁判を必要としないことに、すぐれた特長がある。捜査して裁くのは、告発状を受理した司直の人たちの職務である。前出『原発の闇を暴く』のあとがきで、明石氏がこう書いている。
--広瀬さんと私はさらに「闇」の部分を暴くべく、東京電力の幹部や御用学者たちを刑事告発し、司直の手に委ねることを決意した。刑事告発は何も特別なことではなく、広く国民に認められた権利であり、制度だからだ。手間と時間がかかる民事裁判とは異なり、刑事告発で必要なのは「告発状」と新聞記事などの「証拠」、そして告発する本人の「陳述書」のみ。これらを最寄りの地方検察庁か警察に提出するだけでいい。警察署で尋ねれば、やり方を教えてくれる。また、自分は事故の被害者だと思っている方なら、第三者の立場でおこなう刑事告発よりも「刑事告訴」のほうをお勧めしたい。--
つまりすべての日本人が、私たち2人と同じように告発状を書いて、配達証明で司直に郵送し、これらの告発状が何万通も届くことを願っている。「別冊宝島」1796号・特集「原発の深い闇」2011年8月14日号(7月14日発売)に、明石氏が告発状のひな型を紹介したので、参考にしていただきたい。
日本が法治国家であると言うなら、被害者自身が、あるいはもの言えぬ被害者に代わって多くの日本人が、原子力災害・放射能災害の罪を問わなければなるまい。 (構成 本誌・堀井正明)
http://www.wa-dan.com/article/2011/07/post-139.php
福島メルトダウンの背後にある衝撃的事実
2011.8.31 Category : 福島原発事故
日本は、原発災害は、想定外の津波と地震の組み合わせで、ひき起こされたと主張している。だが新たな証拠は、日本の原子炉は事故を起こす運命にあったことを示唆している
The Independent
David McNeill in Tokyo and Jake Adelstein
水曜日、2011年8月17日

(写真のキャプション:国際原子力機関の事実調査チームのリーダー、マイク・ウエイトマンが、事故後11週目の5月に福島第一原子力発電所の損傷を検査)
それは日本で進行中の原発事故ミステリーの一つだ。津波が襲う前に、3月11日の地震は、福島第一原子力発電所に対して、一体どれだけの損傷を与えたのだろう?
リスクは高い。もし、地震が、原発と、核燃料の安全性を、構造的に損ねたのであれば、日本中のすべての同様な原子炉を停止する必要があり得るのだ。 54基のほぼ全ての原子炉は、休止中(35基)か、あるいは、来年4月までに停止予定であり、原発再稼働に関するあらゆる論議に、構造的な安全性の問題がのしかかっている。
この議論において、原発の運営者である東京電力と、日本政府は、とうてい信頼に足る裁定者とは言えない。3月11日後の数日間、"メルトダウンはしていない"と、政府のスポークスマン、枝野官房長官は繰り返した。東京電力の当時の清水正孝社長は、周知の通り、容易には信じられない発言として、後刻、"想定外の事故だった" と語った。事故から五ヶ月たって、枝野官房長官が話していた時点に、メルトダウンが既に起きていたことを我々は知っている。想定外どころか、事故は業界の評論家達によって、繰り返し警告されていたのだ。
何ヶ月もの嘘と虚報の中、定着している話が一つある。地震こそが原発用の電力を損壊し、原子炉6基の冷却を止めた、というものだ。津波が、そこで 40分後に、原発の予備発電機を押し流し、あらゆる冷却を停止させ、世界で初めての三重メルトダウンを生じさせた、一連の出来事を引き起こしたのだ。
津波が施設に到達する前に、もしも再循環水配管と冷却水配管が地震の後で破裂していたらどうだろう?電力が停止する前に?建設後40年の老朽第一号炉、日本で依然稼働しているお祖父さんの古炉形に詳しい人々で、これに驚く人はまれだ。
破損して、劣化しつつある、きちんと修理されていない配管と冷却装置の問題は、長年指摘されていた。2002年9月、東京電力は、極めて重要な循環水配管の亀裂に関するデータの隠蔽を認めた。この隠蔽を分析した、原子力資料情報室は、こう書いている。"隠蔽された記録は、再循環配管として知られている原子炉の部品の亀裂に関係している。これらの配管は、原子炉から熱を取り出すために取り付けられているものだ。もしこれらの配管が破裂すれば、冷却液が漏出する深刻な事故となる。"
3月2日、メルトダウンの9日前に、政府の監督機関、原子力安全・保安院は、再循環ポンプを含め、原発機器の極めて重要な部分の検査をしそこねていることに対し、東京電力に警告した。東京電力は、検査し、必要があれば修理をし、原子力安全・保安院に、6月2日に報告するよう命じられていた。現時点では、その報告書は提出されていないようだ。
インデペンデント紙は、原発で何人かの作業員と話したが、皆、同じような話をくり返した。津波が襲う前に、配管と、少なくとも原子炉の一基に、深刻な損傷が起きていた。今でも事故が起きた原発で働いていたり、関係したりしているため、全員が匿名にしてほしいと希望した。事故が起きた日に、福島原発にいた保守技術者の作業員Aは、シューと音をたてて、洩れる配管を思い出している。
"ばらばらになる配管をこの目で見ましたし、原発中では、もっと色々壊れているだろうと思います。地震が原発内部もかなり損傷させたことに疑問の余地はありません... 一号炉タービン建屋の壁の一部がはがれ落ちるのも見ました。あの亀裂は、原子炉に影響したかも知れません。"
原子炉壁は極めて脆弱だと、彼は言う。"炉壁が余りに堅牢だと、内部からのわずかな圧力で、ひびが入る可能性があるので、壊れやすく作られている必要があるのです。もし内部で圧力が維持されれば...内部の機器を損傷する可能性があるので、圧力が逃げられるようになっている必要があるのです。危険な時には、たわむように設計されているのです。そうでないと、もっとひどいことになり得ます。他の人々にとっては衝撃的かも知れませんが、我々にとっては常識です。" 30代後半の技術者で、やはり地震の際に現場にいた作業員Bはこう回想する。"地震は二度襲ったように感じられ、最初の衝撃は余りに強く、建屋が揺れ、配管が曲がるのが見えました。数分間のうちに、配管が破裂するのを見ました。壁からはがれ落ちるものもありました...
"誰かが、皆避難しなければだめだと叫びました。けれども、冷却水給水用配管だと思われるものを含め、何本かの配管がひび割れしているぞと言われ、私にも見えたので、私は避難しながら、大変に心配でした。それは、冷却液が原子炉炉心に到達できないことを意味しています。もし十分な冷却液を炉心に送り込めなければ、炉心はメルトダウンします。原子力学者でなくても、そんなことはわかります。" 車に向かって進む際に、第一原子炉の建屋の壁が崩壊し始めるのが見えた。"穴があいていました。最初の数分間、誰も津波のことは考えていませんでした。私たちは生き残ることを考えていました。"
地震が原子炉に大きな損傷を引き起こしたという疑念は、数分後に、原発から漏れた放射能についての報告によって強化される。ブルームバーグ通信社は、午後3.29、津波が襲う前、原発からおよそ1.6キロの所で、放射能警報が鳴ったと報道している。
地震が、原子炉に対して、直接的な構造上の損傷を引き起こしたことを、当局が認めたがらない理由は明白だ。「東京電力: 帝国の暗黒」の著者、恩田勝亘氏は、こう説明している。政府や業界がそれを認めれば、"彼らが運用しているすべての原子炉の安全性にまつわる疑念が生じます。彼等は、同じシステム上の問題、同じ配管損傷を抱えた、多数の古めかしい原子炉を運用しているのです" 地震は、もちろん日本では日常茶飯事だ。
元原発設計者の田中三彦氏は、3月11日に起きたのは、冷却液損失事故だと説明している。"東京電力が公開したデータは、地震から数時間後の、冷却液の膨大な喪失を示しています。これは電力喪失のせいにはできません。既に、冷却装置には大変な損傷があったので、津波が到来するずっと前から、メルトダウンは不可避だったのです。"
公開されたデータは、地震直後機、午後2.52に、AとB系統両方の緊急循環冷却装置が自動的に起動したことを示していると彼は言う。"これは、冷却液の喪失が起きた場合にのみ、起こります。" 午後3.04から3.11の間に、格納容器内部の水噴霧装置が起動した。田中氏は、これは他の冷却装置が駄目な場合にのみ、使われる緊急対策だと言う。午後3.37頃に、津波が到来し、すべての電気系統を破壊する頃には、原発は、既にメルトダウンに向かって進んでいたのだ。
原発の現場検査を行い、東京電力のデータ改竄について、最初に内部告発をしたケイ菅岡氏は、事故が起きたことに驚いていないと語っている。日本政府宛の、2000年6月28日付け書面で、東京電力は、原発において、ひどく損傷した蒸気乾燥機を、彼が問題を指摘してから10年間稼働し続けていると警告した。政府は警告を二年間、放置していた。
"私はいつも単に時間の問題だと思っていました。" 事故について彼はそう語っている。"今は、自分が正しかったことが幸福と思えない、人生の一時期です。"
調査期間中、恩田氏は東京電力の原発で働いた何人かの技術者と話をした。一人は、配管が図面と合わないことがよくあったと語っていた。その場合、唯一の解決策は、重機を使い、配管を十分近くに引き寄せ、溶接して、閉じることだ。配管の検査は、ぞんざいなことが多く、近寄りがたい配管の裏側は無視されることが多かった。修理作業は大急ぎで行われる。必要以上に長く、放射能に曝されたい人などいないのだ。
恩田氏はこう補足した。"福島原子力発電所を初めて訪問した際、配管の蜘蛛の巣でした。壁や天井の、地上の配管。配管を跨ぎ、配管の下をくぐって歩かなければなりませでした。時には、頭を、配管にぶつけました。原子炉の熱を制御し、冷却液を運ぶ配管は、原子力発電所の静脈と動脈です。炉心は心臓部です。もし配管が破断すれば、不可欠な冷却水が炉心にまわらなくなり、心臓マヒになります。原子力の用語で、メルトダウンです。簡単に言えば、冷却液を運び、熱を制御している配管が破裂すれば、原子炉炉心は冷却できません。冷却液が炉心に届かないのですから。"
1977年から、2009年まで東京電力に勤務し、元福島原発の安全担当者だった蓮池透氏は、"福島原発の原発事故の緊急対策には、炉心冷却のために海水を使うという記述はありません。海水を炉心に注入は、原子炉を破壊することです。それをする唯一の理由は、他の水や冷却液が使えない場合です。"と語っている。
3月12日の夜明け前、原子炉の水位は急落し始め、放射能は上昇し始めた。当日午前4時過ぎに発表した東京電力の報道発表にはこうある。"格納容器内の圧力は高いが安定している。" 発表の中には、多くの人々が見落としている一つの記述が埋もれていた。"緊急冷却水循環システムが炉心内の蒸気を冷却していた。それが機能を停止した。"
午後9.51、社長命令で、原子炉建屋内は立ち入り禁止区域となった。午後11時頃、原子炉の隣にあるタービン建屋内の放射能レベルは、一時間 0.5から1.2 mSvのレベルに達した。言い換えれば、メルトダウンは既に進行中だったのだ。このレベルだと、20分間、このレベルの放射能に曝されれば、日本の原子炉作業員の許容量5年分を超えてしまう。
3月12日の午前4時から6時のある時点で、吉田昌郎所長は、海水を原子炉炉心に注水するべき時期だと判断し、東京電力に通知した。海水は、水素爆発が起きてから数時間後、午後8時頃まで、注水されなかった。その頃では、おそらく既に遅すぎた。
3月末、東京電力は、"福島第一原子力発電所一号機の原子炉炉心状態"という題名の報告書中で、少なくとも、こうした主張のいくつかを 多少は認める方向に進んだ。報告書には、配管を含め、重要な設備に、津波前に損傷があったとある。
"これはつまり、日本と海外の業界による、原子炉は堅牢だという保障は、吹き飛んだということです" と、独立した放射性廃棄物コンサルタントで、グリーンピースと協力しているショーン・バーニーは語っている。"地震危険度の高い地域にあるすべての原子炉に対し、基本的な疑問が生じます"
バーニー氏が指摘している通り、東京電力も、冷却液喪失の16時間後、第一号炉爆発の、7ないし8時間前の、大量の燃料溶融を認めている。"こうしたこと全てを彼らは知っていたに違いありませんから、膨大な量の水で水浸しにするという彼等の決断は、太平洋への漏洩を含めて、更なる膨大な汚染を、必ずひき起こすものでした。"
地震によって、原発がどれほど損傷したのか、あるいは、この損傷だけが、メルトダウンの原因なのかは誰にもわからない。ただし、東京電力のデータと、目撃者の証言は、損傷がかなりのものであったことを明らかに示している。
蓮池氏はこう語っている。"東京電力と日本政府は色々説明していますが、辻褄があいません。彼等がまだ提供していない一つのことは、真実です。そうすべき頃合いです。"
記事原文のurl:www.independent.co.uk/news/world/asia/the-explosive-truth-behind-fukushimas-meltdown-2338819.html
マスコミに載らない海外記事 http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-27f6.html
「日経ビジネス」では売れなかったスーツ
2011.6.29 Category : 経営

エファップ・ジャポン 学長 ワグ 代表取締役社長 伊藤美恵 氏
私の仕事は、「アタッシェ・ドゥ・プレス」です。この職業をお聞きになったことはありますか?
私が考える「アタッシェ・ドゥ・プレス」は、この短い連載の最後にお話しすることにして、まずは私の昔話をお読み下さい。この仕事が「あ、こういうものなのか」と、初めて自覚した瞬間のお話です。
■山本耀司とダーバンの新ブランドをPRする
友人であるデザイナーの山本耀司さんが、あるとき私に向かってこんな話をしました。
「美恵さん、僕は今まで仕事をしてきて“直球”というものを投げたことがないんだ」
何を言っているのか、私にはすぐには分かりませんでした。
「いつも変化球で生きてきた。このあたりで、世の中に対して直球を投げてみたい」
耀司さんの言わんとするところは、こういうことでした。
――これまで僕は、男物のスーツというものを否定してきた。デザイナーとしてスーツを手がけることは生涯ないと思っていた。ジャケットとパンツは作るけれど、それはあくまで“変化球”、普通の会社員がそれを着て仕事に向かえるようなデザインではなかった。しかし、ここでまっすぐの球を投げて勝負したい。
耀司さんの目指すところは、本格的なスーツブランドの立ち上げでした。すぐさま私はスーツメーカーとして最大手のダーバン(現・レナウン(3606))にこの話を持って行き、耀司さんとの間を取り持ちました。
■必勝メンバーが揃ったはずのA.A.R
当時、ダーバンでは、大学生をメインターゲットとするスーツブランドの立ち上げを画策していたことから、スムーズに事は運び、山本耀司の新ブランドはスタートしたわけです。
その名もA.A.R(アール)。Against All Risksの略。名づけ親は耀司さん。もともとは保険業界での用語のようですが、耀司さんの中ではもうひとつの意味があったようです。
「今まで変化球を投げてきた男が直球で挑むということは、とても大きなリスクだ。しかし、自分はそこに立ち向かっていく。すべてのリスクは承知のうえでね」
でも、後に取材などでその名前の由来を聞かれると、「僕は今までヨウジヤマモト=YYで、(50音順でもアルファベット順でも)いつも最後の方に名前が載るので、たまにはAで始まる名前にしたかった」なんてはぐらかしていましたけど。
A.A.Rがいよいよスタートする段になり、専任のPR担当は誰にするかという話になりました。すでに耀司さんの会社には有能な「アタッシェ・ドゥ・プレス」がおり、セクションも充実していましたが、このダーバンとの「A.A.R」ブランドのようなライセンス仕事の場合、「ヨウジヤマモト」ブランドや「ワイズ」ブランドのアタッシェ・ドゥ・プレスに動いてもらうわけにはいきません。
さて、どうしようかとなったとき、耀司さんはこう言ってくれました。
「美恵さんに任せたい」
この話をまとめたのは私ですし、企画の段階から契約に至るまでそのすべてに立ち会ってきました。そこに耀司さん直々のご指名です。断る理由は見つかりませんでした。
スーツ市場で圧倒的な力を誇るダーバン、日本のデザイナーズブランドブームの牽引者であり、世界のファッションシーンでも高い評価を勝ち取っている山本耀司が、共同で若い世代向けのスーツを展開する――、業界関係者はもちろん一般メディアでも非常に注目を集めたA.A.Rでした。
■問題はないのに、成果が出ない!
が、実は最初の2年間は正直申し上げて、これといった販売実績を上げることができなかったのです。
私も関係者も頭を抱えました。販売不振の原因がよく分からないのです。
耀司さんがデザインしたスーツの出来は素晴らしいもので、しかもこれまでの彼のブランドに比べればはるかにお値打ちで手の届きやすい価格帯に抑えられていました。広告宣伝費も潤沢に用意し、新聞や雑誌などに大量出稿しました。
商品にも、広告宣伝戦略にも問題がない、とするならば、ダーバンのスタッフとの組み合わせがまずかったのか。いえいえ、むしろ逆でした。ダーバンの方々は、山本耀司のデザインにおける思想を非常に正確に理解し、山本耀司のイメージを壊さずにライセンス製品を作り、メディアに露出させていました。
チームとしてのまとまりも申し分ない。まさに問題のかけらも見えなかったのです。
「ミーハー心こそ、伝えるカギ」
山本耀司さんとダーバンが組んで立ち上げた新ブランド「A.A.R」のPRと広告を任された私。しかし、スタートしてから2年間は思うような実績がまったく上げられませんでした。
このブランドが対象としていたのは若いビジネスマンであり、何と言っても一番最初にターゲットとすべきは就職を控えた大学生、でした。ところが、いざPRや広告を展開しようとする段になって、もっと上の層が中心読者である「AERA」や「日経ビジネス」に出稿してしまったのでした。
■デザイナーにとっては想定外の媒体
そこまで分かれば、やるべきはPRや広告をお願いする雑誌を変えることです。私が選んだのは、マガジンハウスの若者向け情報誌「POPEYE」でした。しかし、その提案は、すんなりと受け入れられたわけではありません。
「何で僕が『POPEYE』なの?」
耀司さんの最初の反応は思ったとおりでした。「POPEYE」はメジャーな雑誌ですが、掲載されているファッションのテイストや内容からすると、これまでの山本耀司の世界と重なる部分はほとんどありません。同じマガジンハウスの媒体だったら、圧倒的に「BRUTUS」が掲載媒体として適切だったわけです。だから私も最初は「BRUTUS」を掲載誌に選んでいたのでした。
しかし、今、A.A.Rが開拓しようとしている顧客と市場を考えたら、ここはぜひ「POPEYE」に広告やPRを掲載しなければなりません。なんとか耀司さんを説得しなければ…。
とはいっても、他のスタッフたちは、頭の中では私の提案を受け入れていたものの、直接耀司さんにもの申せる人はいません。私がなんとか説得するしかない。耀司さんとは古い仲ですが、このときばかりはかなりの時間を説得に費やしました。
最後には「分かった。美恵さんに任せるよ」という耀司さんの言葉があり、ようやくGOすることができました。私の言葉にどれだけの説得力があったかは分かりません。それまでに築いてきた耀司さんと私の信頼関係によるものが大きかったのではないかと思っています。
「POPEYE」の編集タイアップページは、それまでA.A.Rが使っていたモデルのイメージではなく、いわゆる「POPEYE」的な、新卒と同世代の若いモデルを配して、スタイリストもそれに見合った人を起用して構成されました。
そして発売日。正直言って、賭けでした。「POPEYE」読者に山本耀司とダーバンが組んだこの新ブランドの魅力が伝わるだろうか? 不安が頭を何度もよぎりました。
■PR戦略を変えただけで、2年の不振を一気に挽回
しかし――。ふたを開けてみれば、なんといきなりの大ヒットです!
A.A.Rのスーツは、店頭で見る間に売れていきました。商品そのものは、何も変えず、変えたのはPR戦略のみ。見せるメディアと見せ方が変わるだけでこれほど売り上げも変わるのか! 自分自身、びっくりでした。なんと2年間でクリアできなかった売り上げ目標を一気にクリアしたどころか、予想を大幅に上回る成績を残したのです。
ずいぶん遠回りしましたが、かくしてダーバンと山本耀司のコラボレーションによるブランドA.A.Rは、本来獲得したかった顧客と出会うことができたのです。
なぜこんな遠回りをしてしまったのか。それは皮肉にも、ダーバンの方々があまりに「優秀すぎた」ところに原因の一端がありました。
スタッフは、みなさんファッションのプロ、スーツのプロですでに大きな実績を上げてきた優秀な方々ばかり。当然、山本耀司の発する提案を素早く理解するセンスと、実現できる技術を持っていました。しかしその結果出来上がった商品を、これまでの「孤高」のイメージを崩さぬように、山本耀司的世界から発信されたものである、という点を強調してPRしたがために、肝心のユーザーとの間に見えない溝ができ、彼らに商品情報が届かなくなってしまったのです。
それを気づかせてくれたのは、私の内なるミーハー心でした。すなわちお客の視線です。
売れない理由をいろいろ考えているうちに、自分が一消費者の視点でA.A.Rを見たときに、魅力的なブランドとして映っているだろうか。届いていないとしたら、それはどうしてなのか……。
そう、山本耀司とダーバンという「プロ」の間に立った私は、あえて「ミーハー=一消費者」に立ち返って、考えてみたのです。そこで気づいたのでした。せっかく山本耀司が一般向け商品を作ったのに、お客さんになるべき人にこの商品の情報が届いていない、と。
プロの魂と、お客さんのミーハー心の間に立つ――。私が「アタッシェ・ドゥ・プレス」の仕事の意義を自覚したきっかけとなる仕事でした。
■単なる「広告」「広報」では伝わらない
ここまででお話ししたとおり、「アタッシェ・ドゥ・プレス」は、単なる広告、広報やPR担当だけにはおさまらない仕事です。
消費者側のミーハー心と、作り手のプロの魂の両方を理解して、双方を結びつけること…。
ただ、そうは言っても言葉としては「PR」「広報」「宣伝」「プレス」などの方がなじみがあるし、そのイメージに引っ張られますよね。そこで、日本で普通に使われている「PR」や「広報」「プレス」と、私が考える「アタッシェ・ドゥ・プレス」がどう違うのかを、お話ししてみたいと思います。
「経営者の鬼門は『ファッション・女性・PR』」
前回お話ししたように、アタッシェ・ドゥ・プレスにもっとも理解あるとされるファッション業界でさえ、マスコミに洋服を貸し出すことが仕事、という誤解がまかり通る、そんな状況です。ましてや一般の企業においては、本当に残念なことではありますが、「アタッシェ・ドゥ・プレス」への理解や評価はとても低い、と言わざるを得ないでしょう。
こんなことがありました。
とあるコンサルティングの会社が主宰する勉強会。誰もが知っている有名企業のトップたちばかりが集まる会。そこで私に講義をしてほしいという依頼が入ったのです。
■「招かれざる客」だった私
事前の説明では、その会は全体を2部に分け、前半は固い内容の勉強会で、後半は食事を取りながらの懇親会のようなムードで、ときには落語家を呼んで一席うかがうといったやわらかい調子の会合とのこと。「広報の仕事を中心に、あとは伊藤さんのお好きな内容で結構です」という先方の担当者の言葉に、それならばと参加させていただいた私でした。
しかし、壇上に立った瞬間、私は「招かれざる客」であることに気づきました。第1部ではコンサルティング会社の話に真剣に耳を傾けていた“一流” 企業の“一流”経営者のお歴々が、私が登場したときには半分よそを向くわ、足を組んで椅子にふんぞり返るわで、まともに話を聞こうという姿勢をまったく見せなかったのです。投げ掛けられるのは、「女のキミが、いったい何しに来たの?」と言わんばかりの視線です。
しかも「お話の内容はお任せ」であったはずが、会場に着いてみると「自己ブランディングの方法」というテーマが勝手に決められている。さらに、この日第1部が押して、予定の時間を大幅にオーバーし「早めにパパッとやってください」と言ってきた主宰者。もう、始める前からめげるようなシチュエーションです。
しかも私を紹介する司会者は「本日は伊藤美恵さんにアタッシェ・ドゥ・プレスの…」と言いたいところを「アタ、アタ、アタシェ、ア、アタシェド…」とつかえてしまい、まともに言うこともできない。仕方がないから自己紹介から始めて、PRの重要性、それが2003年に開校したアタッシェ・ドゥ・プレスの専門校、エファップ・ジャポンの設立につながったことなどの説明に、予定の時間の大半を費やすことになってしまいました。
まったくの不完全燃焼です。自己ブランディングについてなんて、もともと用意もしていなかったわけですから、そのテーマに触れることもできませんでした。それでも一応の話のまとまりをつけて、続いて質疑応答の時間です。ここで老舗有名ホテルの社長からの質問がありました。
■「雇えば、かっこよく見せてくれるんでしょう?」
「うちのホテル、古いって言われてるんですよ。あなたの学校の生徒を使うと、それを新しくかっこよくPRしてくれるんですか?」
ちなみに、完全に小馬鹿にした口調でこうおっしゃるわけです。
「やってくれるんでしょ? おたくの学生が卒業すれば」「そういう人をうち(の会社)に回してくれるんでしょ」
(ああ、これはダメだ)
心の中で私はため息をつきました。
PRの仕事の意義をこんなふうに低くみなしている時点で、この方は“経営者失格”です。
というのも、この方は自分がホテルという誰もが消費し得るサービス業のトップであり、こうした場で話すときは、彼自身が自動的にそのホテルのアタッシェ・ドゥ・プレスと周囲からみなされる、という自覚がまったくないからです。
この会場を離れれば、たとえば私自身が公的にも私的にも彼の経営するホテルの利用者、すなわち顧客となり得るのです。その私に対し、こうした対応をすることがどれだけ自分のホテルのブランドにマイナスに働くのか、そんなことも分からない人がホテルというサービス業のトップなのか、と本当に情けなくなりました。
後日、知り合いのジャーナリストに事の顛末を話すと、彼はこう言いました。
■トップがアタッシェ・ドゥ・プレスを理解しない悲劇
「それは伊藤さん、行った場所が悪いよ」
つまりはこういうことらしいのです。こうしたお年を召した“一流”経営者の方々がもっとも苦手とするみっつの要素がある、と。
ひとつはファッション。
ふたつめが女性。
そして最後がPR。
私、伊藤はそのみっつとも仕事で体現している。そんな人たちの前に呼ばれていったら、心証が悪いのは当然、というわけでした。
「通販最大手「ニッセン」のブランド戦略」
私は「マーク ジェイコブス コレクション」「ヴィヴィアン・ウエストウッド」など、ファッションに興味のある方ならばご存じの名前のブランドの、「アタッシェ・ドゥ・プレス」をお引き受けしていますが、最近、新しいお仕事先が増えました。
ファッションの仕事に携わって、私自身、まもなく43年になろうとしています。その中でも、私のファッション人生で培ったすべてを注いで取り組んでいる仕事のひとつになります。
そのお相手は、京都に本拠を置く通販業界最大手の会社、ニッセン8248です。
■女性のふたりにひとりが手にするカタログ
書店のレジ周辺や店先に並んでいるニッセンの無料のカタログ、誰しも一度はご覧になったことがあるでしょう。1年間に発行されるその数、なんとメインカタログだけで4500万部ほど。その他の媒体も含めて通販ビジネスの年商は約1300億円。とてつもない巨大市場を通販業界は作り上げています。
しかも、この数字はまだまだ成長の余地があるのです。メインカタログのワンシーズンの発行部数が約1000万部、手にするのがほとんど女性として、単純計算でも女性の2~3人にひとりはそれを手にしていることになります。ここまで日本の家庭に行き渡っているメディアはほかにありません。雑誌はもちろん全国新聞より部数が多いのですから。そう考えると、年商1300億円もまだまだ通過点で、消費者に対するアピールの仕方によっては、さらなる可能性が開けている、と感じます。
興味深いことに、通販業界は、他の活字媒体に広告を打つことはほとんどありません。自社でワンシーズン1000万部単位のメインカタログという媒体を持っているわけですから、今さら数万~数十万部の雑誌に広告を打つ必要がないという判断もあるでしょう。遠い昔、まだ通販というものの信頼度が低かった時代に、掲載する雑誌側がトラブルが起きたときの責任回避の意味から広告を載せることに二の足を踏んだということもあるようです。
そんな中、ニッセンは、創業以来、徹底したサービスと真摯な企業姿勢を持って、まさにそういった壁をひとつひとつ乗り越えて、現在の巨大な企業に成長したわけです。けれども、あまりに巨大になってしまったがゆえに、ニッセンというブランドは、「ファッション」の道筋からは距離を置いた印象を与えるようになってきました。
■「旬のファッション」をニッセンに
消費者が、「旬のファッション」をニッセンのカタログから感じることは難しくなっているのです。もちろん、これはあくまで感覚的な問題で、ニッセンの商品は、実際には流行の要素もちゃんと取り入れているし、若者がカワイイと思える商品もいくつもあります。
でも、たとえばファッション誌がニッセンの商品を取り上げることがあるかといえば、これまではまず考えられませんでした。
優良企業は、常に自己改革の目を持っています。ニッセンもまさにそう。私に、「巨大になりすぎてややぼやけてしまっているニッセンのイメージを広告及びPRの力で一新してください」と声をかけていただいたのも、そんな経営思想を同社が持っていたから、と私は解釈しています。
大手企業のブランド再生、すなわち、ブランド戦略のお手伝いこそ、私たちにとってもっともやりがいのある仕事です。
では、どこから手をつけようか。
私は、まず得意のファッション分野からイメージを変え、ニッセンのブランドに若々しさを注ぎ込もうと考えました。
ニッセンの網羅する商品は、インテリアからファッション(レディース・メンズ・下着・子供服)、美容等々、大変に広範囲です。
が、ニッセンのカタログで商品を注文するのは基本的に女性です。女性がいちばん買い物で興味があるのは、やはりファッション。そこでファッションに的を絞って、これをブラッシュアップすることで、ニッセンのブランド全体の価値を向上させようというアイデアでした。
けれども、こういった考えがすぐに先方のスタッフの方々に受け入れられたわけではありません。「自分たちとスクラムを組んで、勝負に挑む援軍が来たぞ」というふうにとらえた人は、ほとんどいらっしゃらなかったと思います。
■最初はどうしても「半身の構え」に
むしろ、「今まで、自分たちでちゃんとやってきたのに、邪魔者が来た」と思われたのではないでしょうか。そしてここが、大企業のブランド戦略のお手伝いを外部から行う際の難しいところです。
その会社を愛し、深くかかわっている社員であれば、会社の将来というものを見据え、現状に甘んじていてはいけないということは、容易に推察できるはずです。
ところが一方で、そんな優秀で愛社精神あふれる社員であればあるほど、私のような外様に対しては警戒心と言いますか敵愾心と言いますか、とにかく最初は強力なバリアを張って接します。初めて会ったとき、正面を見て話そうとしない人も多く見られます。半身の構えです。
「ファッション業界に見るアタッシェ・ドゥ・プレスの功罪」
私は、ファッション業界を中心に「アタッシェ・ドゥ・プレス」の仕事をやってきました。もともとファッションデザイナーでありブティックの経営者であったというのも大きな理由ですが、もうひとつはファッション業界が特別アタッシェ・ドゥ・プレスの仕事を広げやすい分野だった、ということもできます。
企業がメディアに情報を載せてターゲットの消費者に届ける方法は、2種類あります。ひとつが、アタッシェ・ドゥ・プレスが行うPRであり、もうひとつが、宣伝部がお金を出してメディアの枠を買い取る広告です。
日本の企業社会においては、PRよりも広告の方が、メディアを通した告知手段としては圧倒的に主流でした。それは、外部で業務を受託するPR会社と広告代理店の規模の差を見れば一目瞭然です。
ただし、唯一、アタッシェ・ドゥ・プレスによるPRが広告に負けないほどメディアを活用した告知手段となっている産業分野が、日本にもあります。ファッションの世界です。
■日本はファッション誌の数で世界一
ファッション雑誌をご覧ください。売れ行き好調の雑誌には広告もどっさり入っていますが、雑誌の大半を占めるのは、さまざまなブランドを紹介した「編集」のページです。潜在顧客が手に取る雑誌の編集ページに自社の商品を魅力的なかたちで紹介してもらえるかどうか。各社のアタッシェ・ドゥ・プレス担当者の腕の見せどころ、です。
なぜファッション業界だけがアタッシェ・ドゥ・プレスの活躍の場が大きくなったのか。それは、世界にも類を見ないほど、日本でファッション雑誌市場が発達したことが大きいでしょう。
ファッション業界において、アタッシェ・ドゥ・プレスの仕事の主戦場は、数多くあるファッション雑誌です。日本のファッション雑誌の種類の多さは世界に類を見ません。世代別で見ても、ジャンル別で見ても、数え切れないほどの雑誌が存在します。そのうえ、プロの私たちでもフォローできないほどの新刊雑誌が今でも毎年創刊しています。
ちなみにファッション先進国のイタリアでもフランスでも、日本ほどファッション雑誌の種類はありません。ちなみに、フランスの「madameFIGARO」はファッション雑誌ではなく、女性向けの情報誌ですが、同誌の日本版である「madameFIGARO japon」はバリバリのファッション雑誌です。
日本でファッション雑誌が発達したのは、おそらく1970年前後からでしょう。「an・an」や「non・no」が創刊された頃です。それから日本も豊かになり、ファッションに敏感な若い人々がたくさん現れ、新進気鋭のデザイナーも次々に世に出てきました。
■雑誌と業界の利害関係が一致した
この頃から、メディア=雑誌と、ファッション業界の“共犯関係”が生まれます。雑誌の方では、読者が注目してくれる新しいブランド、新しい商品を記事のかたちで一刻も早く紹介したい。ファッション業界の方でも、消費者に自分たちのブランドや商品を一刻も早く、しかも広告のようにお金をかけずに告知したい。
かくして両者の利害関係は一致し、ファッション雑誌には、各ブランドのアタッシェ・ドゥ・プレスが貸し出した洋服が載って記事になる、というのが定番となったのです。その後、ファッション雑誌とファッション業界は相互補完しながら発達してきます。
結果、日本は世界に冠たるファッション大国となり、年代別そしてジャンル別に実に細かくセグメントされた無数のファッション雑誌が書店を飾るようになりました。
こうなると、ファッション業界のアタッシェ・ドゥ・プレスの仕事は実に楽です。
なにせ、自分のブランドと傾向の似た雑誌と仲良くして定期的に商品を貸し出して記事にしてもらうだけで、ターゲットと定めた消費者に商品の告知ができるからです。メディア(ファッション雑誌)の多様化が究極まで進んだおかげです。
ただし一方で、問題が起きました。ファッション業界のアタッシェ・ドゥ・プレスが、「頭を使わなくてもこなせる仕事」になってしまったのです。
ファッション業界ほどメディアの多様化が進んでいない世界では、企業は、自社商品をターゲットと定めた消費者にどうやって告知し、魅力を理解させ、購入行動に結びつけてもらうか、独自にマーケティングを行い、商品開発に結びつけ、最適のPR手法を編み出そうと知恵を凝らします。メディアの選定からニュースの出し方まで、さまざまなノウハウが必要となります。
■日本のプレス担当者の力はこうして失われた
ところが、日本のファッション業界のアタッシェ・ドゥ・プレスは、あまりにファションメディアが多様化し、しかも各ブランドと各メディアとの関係が強固になったがために、自分自身でマーケティングしたりPR手法を編み出したりする機会がどんどん減ってしまったのです。
その結果――。前にもちょっとお話ししましたが、今の日本のファッション業界のアタッシェ・ドゥ・プレスというと、自社のプレスルームに新作の洋服を並べ、関連雑誌からオーダーがあるとその洋服を貸し出す、ただの「洋服貸しのお姉さん」と化しているケースが少なくありません。
私の主宰する学校「エファップ・ジャポン」の生徒の中にも、そんな「貸し出しのお姉さん」になりたくて学校に入ってきた、という人がいたりします。
「情熱がなければ伝わらない!」
私の仕事は、「アタッシェ・ドゥ・プレス」です。
この仕事がどういうもので、そして、あなたのお仕事と深いご縁があるということは、連載をお読みくださったみな様、もうお分かりですよね?
え、分からない?
いえいえ、そんなはずはございません。
■広報・PRだけだと思ったら大間違いです
「アタッシェ・ドゥ・プレス」を要約すれば、企業やブランドの商品やサービスの情報を、メディアを通じて消費者に伝える仕事。と聞くと、「アタッシェ・ドゥ・プレスって要するに広報とかPRのことでしょ?」とおっしゃる方がいらっしゃるかもしれません。そのとおり、アタッシェ・ドゥ・プレスのお仕事は広報やPRが中心をなすと言っていいでしょう。
そこで質問です。次に挙げる仕事のうち、アタッシェ・ドゥ・プレスが実際にかかわる仕事はどれとどれでしょうか?
1 広告・宣伝
2 商品開発
3 開発支援
4 ブランディング
5 マーケティング
6 マーチャンダイジング
7 営業、販促展開
答えは……。
全部です。
なぜこれが全部、アタッシェ・ドゥ・プレスの仕事になるのか。「これが全部仕事だなんて、まるで経営者みたいじゃないか」という声も聞こえてきそうです。
まさにおっしゃるとおり。ある企業のアタッシェ・ドゥ・プレスを任されたら、その企業の商品がどんな内容で、どんな顧客を狙って開発され、どんなかたちで販売されているのか、経営者的な視点で“すべて”を理解しなければ、理想的なPR法を提案することなどできないのです。言い換えれば、どの分野の仕事も「アタッシェ・ドゥ・プレス」につながる側面を持っている。
■自分の仕事の「前」と「後ろ」そして…
あなたの仕事の前と後ろの仕事を知ること、そして、その範囲を広げていくことこそが「アタッシェ・ドゥ・プレス」への唯一の道です。そして、商品が生まれる最初の段階と、最後の段階=お客様をつなげることができたら、それこそが理想的なアタッシェ・ドゥ・プレスです。
人と人の気持ちをつなげる、つまりは、コミュニケーションです。
この連載をきっかけに、みなさんに私がお伝えしたいのは、単なるメディア対応を超えた次世代のアタッシェ・ドゥ・プレス像、ブランド戦略までを視野に入れて、作り手からお客様までを相手にした仕事ができる「コミュニケーションのプロ」のあり方、なのです。
アタッシェ・ドゥ・プレスの会社を率いて、そしてアタッシェ・ドゥ・プレスの専門教育機関の代表を務めて、つくづく思うのは、「この仕事のノウハウを教えることはできるが、この仕事が何のためにどこで必要になるか、という『仕事の文脈』を教えることは非常に難しい」ということです。
「仕事の文脈」? ちょっと抽象的な表現になってしまいましたね。もう少し具体的にお話ししてみましょう。
私自身は、「アタッシェ・ドゥ・プレス」という仕事を志して、ここまできたわけではありません。でも、それがよかったのです。なぜならば、ファッション業界の仕事全般の現場をほとんどすべて実体験した結果、ファッションという仕事の「文脈」が頭にも体にも叩き込まれているからです。
最初の仕事は、花井幸子先生のブティック勤務。
こちらで私は、店舗販売、お得意さま顧客の個別対応、トップデザイナーの秘書業務、店頭マーケティング、店頭ディスプレーを実践しながら学びました。
次の仕事は、自らのブランド&ブティックBUZZ SHOPの経営。
こちらで私は、商品企画、デザイン、マーケティング、マーチャンダイジング、店舗経営、経理、仕入れ、フランチャイズ展開、大手小売りとの交渉、店員教育、そしてついでに倒産処理までをも学びました。
3番目の仕事は、フリーのデザイナー兼プロデューサー業。
この仕事では、大手アパレルの下請けデザイン業務、大手アパレルと有名デザイナーのコラボレーション、大手アパレルの新規ブランドのプロデュースなどを学びました。
■仕事の「文脈」をつかみましょう
そして、最後に「アタッシェ・ドゥ・プレス」、というわけです。
私は今の仕事に行き着く前に、ファッション業界でやるべきほとんどすべての仕事を実際にこなし、成功も手痛い失敗も全部体験してきたのです。そこで私が体感したのが、個々の仕事はバラバラに独立しているのではなく、すべてが大きな「文脈」の中で役割を持って分担して存在している、ということ。
この「文脈」とは、新ブランドの立ち上げから販売に至るまで、とか、もっと大きく言うと、ひとつの企業の経営、といった仕事の単位のことだと思ってください。
そしてアタッシェ・ドゥ・プレスの仕事は、こうした仕事の文脈を理解したうえで、どんな情報発信をどんなメディアを介して行えば、最善の結果~ターゲット顧客に情報が届き、購買行動に結びつけてくれる~を得られるか、というのを考え、実践するものなのです
日経ビジネス
http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20070226/119760/
伊藤美恵さんの思う「情熱」とは!?
2011.6.29 Category : 経営

■笑顔の作り方教えます!
仕事を一生続けるためには?自分へのご褒美はどんなモノがいいのでしょう?広報の学校エファップジャポンについてもっと知りたい!素敵な笑顔を身につけたい!
たくさんの質問の中から時間の許す限りお答えいただきました。
まず、ミーハーな好奇心を持ち続ける事が、仕事を長く続ける事につながる。仕事でがんばるだけではなくオフのひとときも、気分磨きには貴重な時間です。自分へのご褒美はモノではなく「時間」。素敵な笑顔には気持ちも大事だけど、練習も大事!
たとえば、、まず鏡を見ながら自分のいろんな「笑顔」を知ること、きっと自分が持っている一番の笑顔が見つかるはずです。
実は伊藤さんはもともと笑顔もコミュニケーションが不得意だったということ。これには本当に驚かされましたが、コミュニケーションも笑顔も、得意、不得意で済ませないで本当の能力はもっともっと磨ける可能性があるということを知ってほしい。
質問の答と一緒にそんな勇気の出るメッセージをいただきました。
■伊藤美恵さんのコミュケーション術
まず、プロがやるべきことは相手を考えたコミュニケーション。5分、1時間、時間に関係なく相手の気持ちを手に入れる能力を持つのがプロ。
実はコミュニケーション能力は自分が苦手と思っているほど劣ってないことが多いのです。また、得意と思っているひとほどプロとしては通用しないこともあるのです。
自分と向かい合っていただいたときに、何を差し上げることができたかを常に考えることがプロの条件なのです。
■伊藤美恵さんの思う「情熱」とは!?
日本のファッションシーンに新たな「カジュアル」のシーンを作り出し、そして、世界と向き合い、活躍を続ける伊藤美恵さんからいただいた今朝のメッセージのキーワードは「情熱」です。
ファッションは見える部分だけではない「内面」も含めてのこと。自分のファッションやスタイルを表現するために、日頃の生活に関わるすべてを「ファッション」という意識を欠かさずに見つめてこられたことで、現在の自分がある。
思いがあるならまず出すこと、自分の言葉で語ること。日本人の謙虚さも美徳の一つかもしれませんが、ファッションというグローバルなビジネスの世界ではイエス、ノーははっきり言うこと、結果をきちんと出す姿勢で臨むこと。そして、自分の言葉でしゃべること。これが出来なければまず世界で認められないことを学ばれたそうです。
「思い」があるならまず出してほしい。「思い」こそ「情熱」そこからすべては始まるのですから。
Color of Life http://www.tfm.co.jp/color/
チェルノブイリ: 百万人の犠牲者
2011.6.26 Category : 福島原発事故
日本語 http://www.universalsubtitles.org/ja/videos/zzyKyq4iiV3r/
要旨
医学的なデータを根拠に1986~2004年の調査期間に、98万5千人が死亡し、さらに奇形や知的障害が多発。チェルノブイリの最悪な影響は健康と言えるベラルーシの子供はわずか2割だということ、医学的に健康でないだけでなく知的にも標準以下となってしまっている。妊婦たちが食べる物の汚染についてはきちんと知らされていない場合が多かった、または汚染されていない食べ物が手に入らなかった。妊娠中に放射性同位体が体内に入ると母体を通じて胎児に届き心臓、肺、甲状腺、脳とすべての細胞、免疫系統にもダメージを与える、遺伝子損傷として現れるのは脳や心臓、肺への影響、腕のない子供、水頭症の赤ちゃんなど。
チェルノブイリ事故の影響は北半球全域にわたり、放射性物質の降下地点で人々は死んでいる。死ななければ、子どもたちは知的・医学的障害をもって生まれてきている。これがいまだに続いており、まだ終りではない (ヤスダセツコ様より)
原子力緊急事態宣言 http://phnetwork.blogspot.com/2011/06/blog-post_25.html
2011.5.27 矢ケ崎克馬琉球大名誉教授インタビュー
2011.6.19 Category : 福島原発事故
政府は本当のことは教えない。 国民がパニックになるから
2011.6.19 Category : 福島原発事故

政府は知っている。「3月15日に東京でチェルノブイリの時の何百倍もの放射性物質が検出されたこと」「年間20ミリシーベルトでなく、10ミリシーベルトでガンが増加すること」「子供には内部被曝が外部被曝の数万倍の影響があること」「実際にはプルトニウムやストロンチウムが放出されていること」。
実は福島の子供は今すぐ疎開すべきなのだ。しかし、政府は今が安全だと思わせられれば、それでいい。将来のことは知ったことではない。枝野官房長官はオフレコでこう話す。「班目さんはいい人。吉田所長(福島第一原発)は勲一等か国民栄誉賞もの。子供に関しては少しくらい被害が出ると思っていたけど、出ていないんだ」。この程度の認識。まさに国民を下に見た「棄民国家だ」
■隠しきれるものではないのに
「3月15日、東京ではヨウ素やセシウム、テルルといった放射性物質が、1立方メートルあたり数百ベクレル(Bq)検出されていました。これは1986年のチェルノブイリ原発の事故時、日本に降った量の何百倍、何千倍という濃度です。
しかし、このデータを公表しようとしたところ、上司から『パニックを煽る』と言われました。行政も数値は把握していたと思いますが、おそらくそうした『パニックを止めよう』という力がいろいろと働いたのだろうと思います。名前は明かせませんが、私の同僚でも、検出したデータを公表しないよう言われた人たちが何人もいます」
これは5月23日に参議院の行政監視委員会において、参考人として招致された小出裕章・京都大学原子炉実験所助教の発言である。
この日、同委員会には小出氏の他、地震学者の石橋克彦・神戸大名誉教授、後藤政志氏(元東芝の原子炉設計者)、孫正義・ソフトバンク社長ら、4人の「脱原発派」の識者が参考人として招致されていた。
ところが、この注目すべき委員会の様子は、テレビ等では一切、放送されなかった。NHKも、中継したのは「原子炉への注水を止めたのは誰なのか」との議論が続いていた衆院復興特別委員会で、この「脱原発」委員会は完全に無視した。マスコミでは、翌日の朝刊で一部の新聞が短い概要を取り上げたくらいだ。
これこそが、現在の「政府」「東電」「テレビ・新聞」の本質である。福島第一原発における最悪の事故を、一貫して過小評価して印象操作をしてきた人々は、都合の悪いモノは決して、国民に見せようとしない。
実際には23日の委員会では4人の論客によって、原発事故に対する政府や東電の対応、これまでの原子力政策に対して厳しい批判が繰り返された。
「今回の事故では人為的ミスが重なっている。シビアアクシデント(過酷な事故)が起きる可能性を『小さい』と言って無視してきた、原子力安全・保安院の責任は大きい。もし次に原発事故が起きれば日本は壊滅する。安全が確信できない限り、原発は段階的に止めていくしかない」(後藤氏)
「日本は、ヨーロッパであれば絶対に原発を作らないような場所(地震多発地帯)に原発を作っている。日本の原発は、すべて「地震付き」の原発であることを忘れてはならない」(石橋氏)
「政府の放射線量の公表数値は、γ線の数値だけになっている。私は、α線とβ線も計れるガイガーカウンターを持っているが、それで東京都内を計ると、公表数値の2倍くらいの数値になる。政府はウソをついていないが、本当のことも言っていない」(孫氏)
どの参考人の意見も、「原発漬け」の日本の状況に対し、大いに疑問を持たせる内容だ。そして、福島の事故の深刻さを十二分に窺わせるものだった。
しかし繰り返すように、この貴重な委員会での証言は、この国の中枢にいる人々にほとんど無視された。国民には、余計な情報は見せない、聞かせない---。
それが事故発生以来、一貫している政府・東電、及び一部の御用学者・御用マスコミの姿勢である。
東京電力は事故発生から2ヵ月以上も過ぎた5月15日、福島第一原発の1号機がメルトダウンしていたと公式に認めた。すると、続いて24日には「2号機、3号機もメルトダウンしている」と公表。さらに25日になると、「1、2号機では原子炉格納容器に7~10cmの穴が空いている」と、驚愕すべき情報をさらりと〝後出し〟した。
参院行政監視委員会に参加した前出・後藤氏は、東電に対する怒りを露にする。
「原子炉がメルトダウンしているか、それに近い状態だというのは、最初から明らかだったんです。いまさら何を言っているのか。東電はどういう判断をしていたのか。当初言っていたように『燃料棒の一部損傷』だと本当に信じていたのか。それともメルトダウンの可能性を発表せず、事故をできるだけ軽く見せたいとでも思っていたのか」
後藤氏によれば、3月12日前後の段階で原子炉のメルトダウンが始まっていたとしたら、溶融物に水をかけることで大規模な水蒸気爆発が起こり、まさに「壊滅的」な被害が出る可能性があったという。
「そんな危機的な時に、東電は『これはチェルノブイリとは違います』などと言っていました。とんでもない話で、実は極めてギリギリな状態だったんです。重大な情報を伏せた上で壊滅的な爆発が起き、急性被曝で多くの人が避難できずに死んでいたら、まさしく犯罪です。殺人行為です。東電はそれほど恐ろしい危機的な状況下で、情報を隠していたのです」(後藤氏)
多くの専門家が指摘していたメルトダウンの可能性を、当然、政府も知らなかったはずがない。しかし、政府は東電の説明を鵜呑みにする形で、同調して「危険はない」と言い続けた。
だがそうしているうちに、最初「国際基準でレベル4か5」と政府が主張していた規模は、なし崩しに「レベル7」(チェルノブイリ級)に押し上げられた。一般市民の被曝許容量の「年間1mSv以内」は、いつの間にか「20mSv」に引き上げられ、水道水や野菜の基準値も引き上げられた。
一方で、東京都内や関東近郊では、大気中の放射線量を「18~20m」などという〝鳥の目線〟で計測し、実は数値が地表より低く出ていることを説明しなかった。汚染の可能性がある魚の調査では、頭や内臓を抜き取って測定をし、〝安全〟をアピールした。
政府・東電のやることなすこと、すべてがウソとゴマカシで塗り固められていると言っても過言ではない。小出助教が国会で指摘した通り、彼らは「パニック」を怖れたのか。だが、その国民を見下した情報隠蔽・印象操作により、現実にはどんどんと放射能汚染が広がっている。
■賠償額が拡大するのが怖い
政府がまだ、以下のような「重大情報」を隠しているのをご存知だろうか。
●食道ガン、肺ガン、肝臓ガン、非ホジキンリンパ腫、多発性骨髄腫は、放射線の累積線量とともに有意に増加する傾向が認められ、その増加は累積10~20mSvから現れている。
●全悪性新生物(ガン)の死亡率は、累積線量とともに有意に増加する傾向を示し、死亡率の増加は累積10mSvから認められ、累積20mSvからは、さらに高まっている。
これは、医師と弁護士双方の資格を持つ自民党の古川俊治参院議員が、『原子力発電施設等放射線業務従事者等に係る疫学的調査』と題する研究報告書の内容をまとめたものだ。
この報告書は文科省が管轄下の財団法人・放射線影響協会に調査を委託し、原発作業員らの健康状況や死亡要因を追跡調査し、昨年3月にまとめていたもの。簡単に言えば、「累積の被曝線量が10mSvを超えるとガンになる人が増える」ことを示している。
つまり文科省は、こうしたデータがあるのを知りながら、大人も子供も区別なく、「年間の被曝許容量20mSv」に引き上げてしまったということだ。
「政府や文科省が決めた、『年間20mSvまで』という被曝の許容量は、何の科学的根拠もない異常な数値だということです。特に、成長期にある子どもたちの放射線感受性は成人の2~3倍になります。一刻も早く、許容量を年間1mSv以下に戻さねばなりません」(古川参院議員)
他にもこんなデータがある。放射線医学総合研究所が、原発事故後の3月25日に出していた、「甲状腺等価線量評価のための参考資料」と題するペーパーだ。
これは、ヨウ素やセシウムなどの放射性物質を体内に取り込んでおきる「内部被曝」についての資料で、「3月12日から23日までの12日間、甲状腺に0・2μSv(マイクロ=1000分の1ミリ)/時の内部被曝をした場合」(甲状腺等価線量)、どうなるかを示している。
そのデータは、恐るべきものだった。
「1歳児(1~3歳未満)→108mSvの被曝」
「5歳児(3~8歳未満)→64mSvの被曝」
「成人(18歳以上)→16mSvの被曝」
なんと、たった0・2μSvの内部被曝をしただけで、乳幼児は100mSv超に相当する、大量被曝をしたことになるという。
「このデータは3月25日には報告されていたものですが、何度も強く要請することで、最近になってようやく政府機関が出してきた。1~3歳児にとって、甲状腺への内部被曝は外部被曝の数万倍以上の影響があると考えなければならない。とんでもない数字ですよ」(民主党衆院科学技術特別委員長・川内博史氏)
冒頭の小出氏の国会証言を思い出して欲しい。3月15日は福島第一の3号機が大規模な爆発を起こした翌日で、この日、東京の一部では、20の内部被曝に相当する放射性物質が降り注いでいたという。
とすれば、もしその日、屋外で放射性物質を吸い込んでしまった子供がいたら、「基準は1mSvか20mSvか」などという議論がまったくムダなほど、取り返しのつかない大量被曝をしてしまった可能性を否定できないではないか。政府や関係機関がその可能性をきちんと公表していれば、いくらでも避ける方法があったというのに。
これは紛れもなく、日本政府による大規模な「棄民」に他ならない。大津波で家族や友人を喪いながらも、理性は失わなかった東北の被災者。交通網のマヒや停電に遭遇しても、冷静沈着に黙々と長い家路を歩き通した関東・都内の住民。そして不平も言わず、むしろ積極的に節電に協力した日本国民・・・。
政府はそんな健気な日本人を、「パニックになる」など見下して情報を隠し、放射能汚染から身を守るチャンスを奪ったのだ。
世界有数の民主主義国家だと思っていた日本は、実は戦前・戦中の「大本営」時代と何ら変わっていなかったのかもしれない。前出の川内氏は、政府の態度にこう疑問を呈する。
「大人も子供も関係なしに年間20mSvという基準を決めたのも、東電の賠償問題を気にしてのことではないかと言われています。被曝量の限度を年間 1mSvのままにしておくと、賠償範囲が膨大なものになり、とても対応できないからだと。でも今守るべきは、第一に国民の健康、そして子供たちを助けることではないのでしょうか」
現実には今この時点においても、放射能汚染はどんどん拡大している。もともと〝ダダ漏れ〟だと言われてはきたが、原子炉が3つもメルトダウンし、容器に穴が空いていることが確定した以上、これまでの汚染、そしてこれからも続く汚染は、まさに「チェルノブイリ超え」になるであろう最悪のシナリオを考えなければならない。
■一刻も早く内部被曝の調査を
これから怖いのは、「内部被曝」だ。放射線障害に詳しい琉球大学名誉教授の矢ヶ崎克馬氏はこう語る。
「チェルノブイリを例に取れば、原発から半径300kmの地域では、事故の約5年後から子供の甲状腺障害が急増しました。そして10年後にはおよそ 10人に一人の割合で病気に罹ってしまった。さらに、そのうちの1割以上がガンを発症しています。割合で言えば1000人のうち、15人くらいの子供が甲状腺ガンになってしまったのです」
このチェルノブイリの「半径300km」を日本に当てはめれば、東京もスッポリと範囲内に収まってしまう。政府は「チェルノブイリとは違う」と言い続けているが、それは、いつもの「今が安全だと思わせられればそれでいい」という、無責任な見方に過ぎない。
「政府の発表する放射線量からして、果たして正しいのかどうか疑わしい。欧米の科学者の中には『福島はチェルノブイリの5倍くらいの放射性物質を出している』という見解もあるのです」(前出・矢ヶ崎氏)
また北海道がんセンターの西尾正道院長も、こう警告する。
「チェルノブイリでは、10代で放射線を浴びた人が30代で子供を産んだら、奇形児や知的障害を抱えた子供が生まれた、という例が多数報告されています。医療従事者の中で、被曝する職場環境にいる人は個人線量計を付けていますが、それらの人達でも年間平均被曝量は0・21mSv。文科省の年間 20mSvという基準はその100倍です。個人線量計も配布せずに職業被曝の限度と同じにするとは恐ろしい。しかもこれは外部被曝だけの話。内部被曝も通常より大幅に増えているので、合算した評価で対応する必要があります」
西尾氏は政府が公表している放射性物質の数値が、セシウムとヨウ素が中心であるのも疑問だという。実際には放出されているはずのプルトニウムやストロンチウムなどの数値は、ほとんど公表されていない。
「プルトニウムは政府が公表しているγ線の20倍の悪影響があるし、ストロンチウムは新陳代謝が活発な子供が骨に取り込むと、骨の成長の妨げになる。子供たちを、いま原発周辺の地域にいさせては絶対にダメなんです。安全性を確保できる場所へ脱出させるべきだと思います」(西尾氏)
しかし、政府には「福島の子供を疎開させる」というような発想は、まったくない。この2ヵ月、放射能漏れについて「ただちに健康に影響はない」と言い続けてきた枝野幸男官房長官が、能天気かつ誇らしげに、オフレコで語った内容がすべてを象徴している。
「班目(春樹・原子力安全委員長)さんはいい人。発言はブレるがウソは言っていない。あの人が委員長でよかった。(福島第一原発の)吉田昌郎所長は、秋まで政権が続いていれば勲一等か国民栄誉賞ものだ」
「甲状腺の被害は、まったく出ていない。子供に関しては少しくらい被害が出ると思っていたけど、全然出ていないんだ。いずれ政府の判断が正しかったかどうか、結果が出ると思う」
枝野長官が気楽に言うように、政府にとっては「ただちに」被害が出ていなければ問題ない・・・というのが共通認識なのだろう。したがって、「一刻も早く内部被曝の調査をすべき」という声が上がっても、一向に動こうとはしない。そして放射性物質の半減期により、時間経過につれ測定できる線量は低くなる---。
一方、菅首相や原子力安全委員長の班目春樹氏、原子力安全・保安院の寺坂信昭氏、そして東京電力は、事故対応の初動の不手際を巡り、延々と責任の擦り付け合いをしている。
だが原発事故は「進行中」だ。3つの原子炉が同時にメルトダウンして、いまだ空気中や大地、そして海へと莫大な量の放射性物質が垂れ流されており、それを止める術も見出せない。
なのに、彼らの中では危機から国民の命を守ることより、保身をかけた罵り合いが最優先なのだ。まさしく「棄民国家」である。
前出・小出氏は、参院の委員会での証言の最後に、ガンジーが言い遺した「社会的な罪」に言及した。
「理念なき政治」
「人格なき学識」
「道徳なき商業」
「人間性なき科学」
すべて、政府・東電、そして原子力ムラの関係者に当てはまる言葉だ。しかし、国民の命を守ることを放棄してしまった彼らに、そんな真っ当な意見は届きそうにない。自分の身は自分で守る。国民にはそれしか選択肢はない。
20116.6 現代ビジネス http://gendai.ismedia.jp/articles/-/7191





















